予告された倒産の記録 その4

■ D4事件 その2


 D4企画メンバは、販売部門の関与なく、独断で、メーカーに対し、数万台の仕入れを約束した。販売部門は、突然現れたブサイクで高飛車な(高額な)端末を、数万台売らなければならなくなったのである。

 販売部門「どうして勝手にそんな約束をしたんだ!」。D4企画メンバ「だってそうしないとメーカーが協力してくれないから」。販売「交渉はしたのか!?」。D4企画「………」


 D4企 「……交渉はもちろんした」
 販売 「どうやって?」
 D4企 「メーカーは最低10万台の見込みがないと端末を作らない。それが業界の常識で、そこをD4は数万台にしてもらった」
 販売 「業界の常識? メーカーが勝手にそう言っているだけだろ?」


 D4企 「…こういうのは交渉の余地のない部分なんですよ」
 販売 「なぜ事前に我々に相談しなかったんだ? 本来なら販売の現場にいる我々を通してマーケットの感触を調べるべきじゃないか?」


 D4企 (あなたたちにマーケットの何がわかる? D4は新しい市場を開拓する端末なんだ)「とにかく、10万台の業界常識を、数万台にしました
 販売 「D4は価格が桁違いだろう!」
 D4企 「元々交渉の余地のないことなんです。協力してください。お願いします」


 販売 「…まったく何てことをしてくれたんだ…」
 D4企 「こちらも頑張りますから。それに、こんな言い方はしたくありませんが、AM会議の承認は得ています」
 販売 「………」


 オールマーケティング会議。通称AM会議は、サービス開発本部が主体となり、端末やサービスの最終実施承認を得る場所であった。AM会議メンバにはキクガワ社長のほか、営業部門のトップであるツチハシ副社長もいた。

 AM会議の承認を得た、ということは、会社として決定がなされ、当然にツチハシ副社長も知っているということだ。が、部門のトップが知っていても、その情報が部下に伝わっていない。それはこの会社では日常茶飯事… 情報伝達の不首尾を上司に進言するなど、もってのほかだった。


 では、なぜ、D4は、誰が見ても到底売れそうもないほどの大量台数を仕入れなければならない条件がありながら、営業系のトップが同席するAM会議で、承認されたのか。

 それは、AM会議がほぼ形式だけの、デキレース会議だったためである。ウィルコムの「三つの頭」の経営判断は、お互いの貸し借りと、失敗しても自分の責任にならないことの合意確認が、判断基準であった。



 キクガワ社長は、D4の出来に不満を抱いていた。
 世の中にインパクトを与えてアピールできる材料(端末)が早くほしかったものの、彼はアキバ系オタクではなかった。こんなものが売れるとは到底思えず、坊主頭を抱えこんだ。

 D4に限らず、端末だけでは駄目だ。何かサービスがなければ。端末とサービスをセットにして世の中へ出さなければ、市場は作られない。それが戦略と呼べるものかはさておき、キクガワ氏は、そう、考えていた。

 たとえば、この俺の坊主頭のように… キクガワ氏は社内外で「ハゲ」呼ばわりされていることを当然知っていたが、面と向かって言われるのでなければ、愛嬌、寛容、社員の親しみ、組織の潤滑油として受け流していた。

 その自分のハゲのように、人で言えばトレードマーク、受け入れ易い、ほっとさせる、親しみやすいもの。端末にも同じように、人間らしさを感じさせるような、便利な、親しみやすいサービスが必要だ。


 ところが、キクガワ氏がサービスの必要性を伝えると、D4企画のリーダーであるテラダ副本部長は「つまり、アプリケーションということですね」と、『サービス』を『アプリケーション』と言い換えてしまうのだった。

 アプリケーション。キラーアプリ。何とも技術頭でっかちな表現だ。キクガワ氏はそう呟いたが、サービス、より、アプリケーションという言葉の方が格好良く、技術偏重的なところがある社内でも好まれがちな表現だった。

『サービス』と『アプリケーション』。この2つの言葉の意味は、完全に一致せず、言い換えできない場合もある。キクガワ氏が漠然と思っていた『サービス』は、本来言い換えできないような質のものであったが、そこは、本人もいまいち自信のないところでもあった。

『サービス』でも『アプリケーション』でも、呼び方にはこだわらないが何かそういうようなものが端末とセットになって、爆発的にヒットすれば構わない、が正直なところであった。


 経営者には、商品のひとまずの完成形(世の中へ出せるレベルの最低ライン)を具体的かつ明確にイメージし、リーディングするタイプがおり、携帯電話業界ではソフトバンクの孫さんや元ドコモの夏野さんあたり、そうだろうか。

 このタイプのリーダーの部下は、リーダーに尻を叩かれながら、リーダーのビジョン詳細の確実な把握に注力し、実現化に動く。(最近、夏野さんの元部下が「おさいふケータイの父」と名乗っているそうだが、優秀な兵隊に過ぎなかったはずで、「兄」くらいにしておけばいいのにと思う)

 他方は、経営者は数字管理が仕事と考え、商品ビジョンは部下に任せるタイプ。経営企画畑出身のキクガワ氏はこのタイプだ。このタイプのリーダーは一見頼りなく無責任な感じだが、自分で色々決めて経営者のように振舞いたい部下にはいい環境だろう。

 優秀な部下が揃い、能力をいかんなく発揮でき、組織の調和がとれれば、そういうタイプのリーダーの元でも、会社は伸びる。しかし、キクガワ氏は「権限譲渡」「任せる」という美辞麗句によって、組織の歪みを糊塗し、現場の問題から遠ざかることを自ら正当化しているふしがあった。

(アプリケーション? そんなもの、俺にはわからんよ。このオタクが!)
 キクガワ氏は、テラダ氏のことをアキバ系オタクだとみなしていた。


 テラダ氏の後ろ盾にチカ副社長がいなければ、とは考えてもしかたのないことなので考えもしなかったが…


(2010年3月17日〜20日分まで掲載)