予告された倒産の記録 その8

■ キャプテン!?


 サービス開発本部内の部署「サービス計画部」「次推室」「B&P部」。
 B&P部は、スマートフォン以外の端末企画と、ブランディングを担っていた。ここから、ハニービー、WILLCOM9、NSが生まれた。ウィルコムのコーポレートブランド「もうひとつの未来」も。

 B&P部は、もともと営業系部門のセクションだった。社内の各部門でバラバラにやっているマーケティングを1つにまとめようという意図で、サービス開発本部に集められた。

 B&P部の部長イシヤマ氏は、上司のテラダ副本部長にはビジネスセンスの致命的欠落があること、人の意見を聞けない幼稚さ傲慢さを、見抜いていた。


 テラダ氏の影響を最小限にすることが重要だ。邪魔されないこと。さらに、こっそり主導権を握ること。

 こちらが意見を言えば、テラダ氏は逆上する。黙っていれば、営業部門トップのツチハシ副社長への遠慮があるのか、イシヤマ氏の仕事領域に、そう乱暴に首を突っ込んでくることはない。イシヤマ氏は、まるで影のように、ひっそりと仕事を進めた。

 イシヤマ氏は、アンチ次世代PHSではなかったが、現行PHSにもこだわっていなかった。簡単な話、モノ作りができればよかった。一風変わった面白そうなデバイスを。自他共に認めるガジェット好き。次世代PHSはまだ先のことだから、今は単に現行PHS派になっているだけ。

 PHSの電磁波が、人体へやさしく(他社携帯と比べ)悪影響を及ぼさないといった世間の通説に対し、「本当に?」と冷笑を浮かべるシニカルな一面もあった。あれ、根拠ないだろう、みんな本当はわかっているくせに…



 今更だが、「三つの頭」が互いに胸襟をひらき、「一つの頭」になれたら良かった。
 それがないままツギハギされた新設の組織は、上級管理職のパワーゲームの戦場を増やしただけに過ぎず、机のみを近づけても、並べるほどに、お互いの見えない壁は高く聳え、複雑に入り組んだ。

 B&P部のゴリセ氏は、モノ作りがしたくてウィルコムへ転職して来た。3年過ぎ、社長とも直接に話ができるようになった。次世代PHSの端末企画マーケティングの仕事を、と話が来た時は胸が躍った。
 が、次世代PHSはテラダ副本部長が嫌っていた。ここは慎重にならなければならない。

 B&P部にも端末企画はある。しかし王道はやはりスマートフォンだ。いつかスマートフォン企画に関わるためには管轄者のテラダ副本部長に嫌われるのはまずい。が、次世代PHSを断るのはもったいない。そういう意味でB&P部と次推室の「兼務」という立場は、何かと都合がよかった。

 もしシモム室長がゴリセ氏をバキンゼMtgに加えていたら。加えずとも当然の情報共有をしていたら。両天秤の二股気分だったゴリセ氏は、上司の期待を感じて次世代PHSへ注力していたかもしれない。が、バキンゼMtgの進捗は共有されず、次推室の定例Mtgさえなく、放っておかれる日々が続いた。

 ゴリセ氏の気持ちは現行PHSの世界へ引き戻った。次世代PHS事業って本当にできるのかね? 社内に反対派もいるし迷走しているようだけど。
 いずれにしても、ゴリセ氏は、ちょうど現行PHSのデータ通信ARPU向上のための推進担当者として、「キャプテン」に任命されたばかりだった。


 それまで社内になかった、「キャプテン」というポストを新たに作ったのはキクガワ社長のアイデアだ。

【用語解説】『データ通信ARPU』……ユーザー1人あたりの月間のデータ通信利用料金のこと。


 キャプテン! かつて一時的にせよ、そんな肩書きが泡のように出てきて弾けたことを、何人の社員が覚えているだろうか? 
 それはウィルコムのいかにも表層的な体裁主義を象徴する、インスタント肩書きだった。


 キクガワ氏。行き当たりばったりの術。
 中堅若手社員の活力を生かして会社の課題を解決しよう! と思った。課題を箇条書きし、数名の中堅社員に担当させた。ところが、しばらくして中堅社員たち曰く、「権限がないので社内でろくに動けない」。そりゃそうだ。何しろ仕事は会社の課題解決。話が大きい。

 そこでキクガワ氏は考えた。
 昇進させる? いやそれは摩擦が大きい。ならば名前をつけようではないか。「キャプテン」はどうだ。社長直々のミッションを与えられた者。それはキャプテン。権限は従来と変わらないがキャプテンとする。それで社内を動かせるはず(なぜ?)。君たちをキャプテンに命ずる!

 …キャプテンを命ぜられた者の思いは様々だったが、ゴリセ氏は誇らしく感じた。データ通信キャプテン! 社長代理のようなものだ。次世代PHSのことなんか、すっかり忘れてしまった。

 が、何といっても即席のインスタント肩書。影で嘲笑されるネタにしかならなかった。いつしかすっかり次推室へ来なくなったゴリセ氏のことを、シモム室長は「あいつは現行PHSのデータ通信キャプテンだからな。あっちが忙しいんだろう」と部下のサロ氏に話した。
 完全に小馬鹿にしていたが、その対象は、ゴリセ氏に対してだったか、キクガワ社長に対してだったか。
 結局、キャプテンたちはあいかわらず権限なく、会社の課題は解決するはずもなく、それも自然と「なかったこと」のようになった…


 上級管理職は言うことをきかないから、中堅若手の力を使おうと考えたキクガワ氏の場当たり戦略は、こうしてあっさり潰えた。



 ウィルコムでは「それはもうやった」「考えた」「とっくにトライ済」→だけど課題が解決しない。俺達は未知で特殊で困難な課題に直面しているんだ! という言い訳が散乱している。「やり方が悪かったんじゃないか?」ということに目を向けたがらない。



 W-SIMによるシムスタイルや、コアモジュールフォーラムなんかも、まさにやっただけ。中途半端。

 後でつぶやく機会もあると思うが、ウィルコムはフォーラムとかコンソーシアムとか団体作りが好き。作って会員企業から会費をせしめる。後は知らない。団体がすたれても、マヌケな会員企業は会費を払い続ける、おいしい仕組み…


 ●若手社員のやる気とセンスを有効活用した他社事例1『ポケットボード』。
 10年以上前ですが… ドコモの新入社員M氏(女性)は大星社長に噛みついた。この会社は若手にチャンスを与えるっていってたじゃない!事実と違う。うそつき!

 大星社長は面白がってM氏を本社のモノ作り部署へ異動させた。どうせ新人1人じゃ何もできないだろうから、腹心の役員に庇護させた。そこでポケットボードが生まれた。


 ●中堅社員のやる気とセンスを有効活用した他社事例2『iモード』。
 松永真理氏、夏野剛氏の「外人部隊」に対する社内各部の風当たりは強かった。責任者の榎部長へ上級管理職から苦情が寄せられたが、榎氏は自分が責任をとると突っぱねた。iモードは社内の屁理屈に捻じ曲げられないサービスに仕上った。


 ●中堅社員のやる気をピエロにさせたウィルコム失敗事例。
 社長は上層部の力関係改革に手を出したくないため、30〜40才程度の社員を持ち上げて「キャプテン」の称号を付与し、名誉なことに思わせようとした。なぜなら権限を与えることはできなかったから(権限を与えるには面倒な調整が必要だった)。

 といって社長の実質的な庇護もなく放り出されたキャプテンたちは、社内をリーディングできず失敗。


 社長は臆面もなく思った。


 うちの会社には、優秀な中堅若手がいないんだな…



 ………



 ピカピカのハゲ頭 自分の顔だけは 映さない


(2010年3月25日〜27日分まで掲載)