予告された倒産の記録 その10

■ バキンゼMtg その3


 スズキ氏に向かって発言するシモム氏の声は、僅かながら震えていた。
「あのですね、私どもといたしましては、契約期間のこともございますので、もう少し進捗の方を…」
 タソモト氏とマシタ氏は顔を見合わせる。
 バキンゼに完全に飲まれてる… 委縮している…


「我々としてもですねえ!」
 スズキ氏の、ハズレコンサルぶりにも2人は驚いた。何だこいつは? 
 さらに、スズキ氏が「イービットダー」という言葉を言うと、シモム氏に顔を向けられ、それまで沈黙していたアサバラ氏が途端に反応した。
「イービットダーですね! イービットダーということはですねえ…」


 アサバラ氏。30代半ば独身。サロ氏と共にバキンゼの美人アシスタントを凝視。国内のビジネススクール卒業後、ウィルコムへ転職。経営企画部に半年間在籍し、次推室へ。ほぼ未経験だったが、次世代PHS事業の経営指標、会計指標等の数値データを担当。

 アサバラ氏は、後にキクガワ社長の指示で、電王堂のタナカ氏、コンサルのクロマロ氏と共に「BWAユビキタスカメラネットワーク研究会」を設立、事務局長を名乗るも、次推室の若手新人2名をノイローゼに追い込み、自らも仕事への執着や葛藤の中で躁鬱を繰り返し、次第に閉塞していく…

【用語解説】『イービットダー(EBITDA)』……財務指標の概念。減価償却その他償却前の利益を表すため、設備投資など巨額の先行投資を行う電気通信事業では、企業の長期的評価において、適切な指標とされた。エビータとも呼ばれる。大企業の不祥事事件以降、米国証券取引委員会(SEC)は、企業がEBITDAを公表する際は、会計基準に基づく指標を併記しなければならないと規定した。NTTドコモなどが現在公表しているEBITDAは、SECレギュレーションのものとは別物。

 しかし、エンロンワールドコムの会計不祥事事件以降、曖昧さのあるEBITDAは批判された。タソモト氏は久々にEBITDAを聞いた。それに、EBITDAはどちらかといえば各国で税制度の異なるグローバル企業向けの指標だ。ウィルコムに合うとは思えないが…

 まさか、あえてEBITDAを採用したのだろうか? それはつまり、あくまで可能性としてだが、水増し操作の容易なEBITDAを使い、財務上の様々なマイナスを隠したいということだ。粉飾目的? タソモト氏は、会議室内を漠然と眺めた。

 スズキ氏とアサバラ氏は、声高にイービットダー! イービットダー! と、互いに相手に負けじとEBITDAを連発している。

 その様はまるで、東京虎ノ門のコンクリートジャングルの片隅で、威嚇の奇声をあげて鳴き合う、珍鳥のようだった。
 イービットダー! イービットダー!


 タソモト氏は苦笑した。表情には出さず内心で。EBITDAは、聞きかじり程度の人が自分を専門家らしく見せるために使いたがる、格好の言葉でもある。アルファベットが6文字もあり、いかにも経営、財務通な感じに見える。

 ビジネススクール上りの中途入社社員と、虚勢派のコンサルが、MBAひけらかしの言葉遊びをしているだけ。EBITDA。粉飾目的の利用は、考えすぎだろう。


 タソモト氏の隣でマシタ氏は、資料をめくっていた。
 他社との競争分析の軸がたった1つ… 「通信速度」のみに限定されている。
 これじゃあ何の役にも立たない。子供の落書きだ

 携帯電話事業の市場競争力分析には、少なくとも3つの軸「通信速度」「エリア」「料金」が必要だ。3つの変数を組み合わせ、パターンを作り、予測する。基本中の基本。知らないとは思えない。そうしないのは、何か、理由あってのことだろうか…?

 理由は、あるにはあった。「決まってないから」。というか、『エリア計画』は技術部門と調整要、『料金』は目安レベルでも幹部の承認要。それをしてないから、バキンゼMtgでもまだ話ができない。とても面倒な社内調整だから時間がかかる。今回の戦略プラン策定には間に合わない。

 は? では何のための戦略プランなのか? 順序が逆ではないか。戦略策定で方針を決めた後に、社内調整で実現するのではないか?

 社内調整を優先させすぎれば、安易な方針しか出てこない。
 戦略策定Mtgなのに、決まってないという理由で必要なことを議論しないとは… それを決めるためのMtgじゃないのか?


 議論不在のウィルコムで、Mtgとは、社内調整をしたという自己満足の苦労を披露する、社内都合優先の安易な方針を披露するための、発表会の傾向が強かった。


 中途入社したばかりのマシタ氏。この時はあまり言わなかったが、後に、次世代PHSのブランドネーム発表の時期について意見したことで、バキンゼMtgから外される。
 自席にいると、ウミナガ氏が笑顔で話しかけてきた。「あれ、君もMtg出ない組?」…



WILLCOM CORE


 2008年5月26日、次世代PHSのサービスブランドネームが「WILLCOM CORE」に決定と公式発表。
 本格サービス開始予定より約1年半、試験サービス開始予定より約1年も早い異例のディスクローズ。
 PR戦略は、何もなかった。

 ただ決まったから、すぐに発表した。次世代PHS事業は着実に進んでます。ブランドネームも決まりました! と言えば、銀行団の受けが良くなったのだろうか? まさか! ネタになるものは即座に出さざるを得ないほど、すでに台所事情が苦しくなっていたか。

 WILLCOM COREという名前は社内公募で決まった。最初の案は「XGP」だった。次推室のサロ氏の考案。neXt Generation Phsの略。キクガワ社長とトノシタ会長が「オタクな名前だ」と反対した。それで社内公募となった。

 ご存じのとおり、WILLCOM COREはその後、意味が変わり、次世代PHSをさす名称としてXGPが復活した。なぜか、eXtended Global Platformの略に。サロ氏は名称の考案者として社内表彰された。これ、事実は小説より奇なりの、笑い話。




 こうして呟いていて、ふと思うのは、
 1つ1つは、脱力する程度の、本当にくだらない、些細な事。
 その小さなネガティブの蓄積が、大きな社会の迷惑を生み出し、多数の個人の生活と安心を脅かす。
 ぞくりとするような不安の中に陥れる。

 1つ1つが些細で、くだらなく、時には笑ってしまうような事。
 呆れて、脱力させられる様な事。
 それゆえに、やりすごされて、視界の外で根深い問題が悪化していく。
 意識の問題。




 次世代PHS戦略プランには、パートナー開拓戦略という項目もあった。業界は鉄道、車、流通…、事業はデジタルサイネージ、セキュリティ…、各業界の大手と組む。それで出資してもらうことがゴール。カーライルがつてのある会社を紹介してくれる。

 次世代PHS出資の切り札。一般コンシューマより、お金持ち企業へ進路をとれ!!


【news】XGP無料キャンペーン延長のお知らせ」 http://www.willcom-inc.com/core/core_xgp/index_01.html
→ もうどうせ別会社になるんだしね… 1円も利益出せなかった仕事は、仕事と呼べますか?

 売上げすら立たず。XGPは誰を幸せにしたのだろう? 京セラ? けど、債権放棄させられるらしいしなあ。無料で使えて一部のユーザーが喜んでる? 不便すぎてストレスが溜まる?



■ バキンゼMtg、電王堂タナカ氏、「Xデー」


 高額な契約料のバキンゼMtgで、一体何が決まっただろう? 
 戦略プラン策定のあまりの混迷ぶりに、キクガワ社長は激怒した。怒られたのはシモム室長だけでなく、テラダ副本部長も。
 とんだとばっちりだ、とテラダ氏は思った。と同時に、やっぱりシモムじゃ役立たずってわけだ。


 テラダ氏は、はりきってバキンゼMtgへ乗り込んだ。
 市場動向分析の変数は「通信速度」以外に「エリア計画」も必要でしょ? 違います? 
 そこへ、遅れてやってきたシモム氏。怒りで顔の皮膚がテンパって表情がぴくりとも動かない。
 バキンゼのスズキ氏「それでは、エリア計画を出してくれますか?」

 やりたくなかったことだがしかたない。シモム氏、技術の部門長レベルに打診する。案の定、決められないと言う。設備投資の額と時期をもっと上の役員レベルで決めてもらわないと。
 シモム氏「検討用の資料くらい作れるのでは?」
 技術部門長達「…いまいち、議論の前提があやふやなんだよなあ」


 皆、薄々感じていた。「エリア計画」はタブーだと。そこを明確化しようとする者はババを引く。貧乏くじ。


『議論の前提を整理』は議論回避の便利な言い方。議論の前提を整理しよう。おっと、前提の前提を整理しなければ。ちょっと待てよ、その前提もそもそも曖昧だろう、そこを整理しなくては。云々。


 いつまでたっても案すら出てこない「エリア計画」。「料金プラン」も同様。それがないと話が進まないとうそぶくバキンゼ。ずるずると長引くコンサル契約。
 バキンゼ、そこにいるだけで丸儲け。
 
戦略プランが出来ないのはウィルコムのせい。
 わはははは! 
 搾り取るだけ取ったら、フェードアウト…


 
 何も、決まらなかった。
 秋になれば、競合相手のUQが、ウィルコムより一足早く、WiMAXの料金プランやエリア計画を発表する。それが出れば、少しは、次世代PHS戦略作りも本格的に動きだすだろう。いや、もうこの際、戦略なんていらないか?

 2008年度上半期。この頃はまだ、次世代PHSと現行PHSのデュアル・データカード、さらにスマートフォンの構想もあった。でも戦略じゃない。上から下まで、誰もが勝手なことを言い、枝葉末節にばたばたし、時間と労力とコストを浪費したのだった…



 2008年上半期といえば、ソフトバンクが「白い犬のCM」と「純増数1位連続記録」を飛車角に、iPhoneを発売し絶好調街道ばく進中。その一方、近々キャッシュフローが回らなくなるという記事が経済誌などに、ちらほら。

 いえね、実は、ソフバンはまだCMの料金をうちに払ってないんですよ。期日を延期してるんです。そうとう台所事情が苦しいらしい。
 と、ウィルコム内でまことしやかに話すのは、広告代理店電王堂のタナカ氏。
 あそこが潰れれば、PHSの契約者数もきっと増えますね。


 ソフトバンク「Xデー」関連の記事が週刊誌や月刊誌に掲載される度、誰かがコピーして社内に回覧した。
 やっぱり、いくら外見を調子よく取り繕っても、中身はボロボロの会社なんだよ。噂どおり。あそこはそういう会社なんだよ。


 自社のことは棚に上げ タナボタを待つ ウィルコム



 電王堂タナカ氏のウィルコム内での評判。
 彼はキクガワ社長の太鼓持ち。男芸者。あるいは、とても親身にウィルコム商品の宣伝広告をやってくれる。彼にまかせていれば安心だ。

 ウィルコムは商品の数に比べ、雑誌媒体等の露出がやたら多かった。多数の雑誌に載っていれば、ひとまず仕事をしているように見える。B&P部の宣伝広告担当は、自分はPRの専門家じゃないからと、タナカ氏に頼りきっていた。



 また、キクガワ氏がついにウィルコムを去った2010年2月の「Xデー」。
 キクガワ氏に寄り添い、共に職場を出たのもタナカ氏だった。
 起立した数名の社員に、キクガワ氏は目を向けることなく、
 社員たちの見送りの拍手も、なく。


(2010年3月29日〜4月1日分まで掲載)