予告された倒産の記録 その13

■ 学ばない組織


「ポジティブに次に目を向ける」
 とかく美徳は、ごまかしに使われ易い。
 Willcom03とD4を世に出したテラダ氏は、次の端末のことを考えていた。不出来な03とD4のことは、もう考えたくなかったからだ。

 これまでの「未成功」は次の端末で一気に挽回する。そのためには03やD4は否定できない。新端末は従来の延長上にある端末コンセプトでないと、03やD4は「失敗」だったのかと社内で叩かれる。

 お客様不在の考え方。社内での自分の体面を優先。
 ウィルコムの端末やサービスは、そうやって失敗を積み重ねてきた。

 その事実に、テラダ氏は決して目を向けようとしなかった。


 次世代PHSに関心を示した大手の読経新聞社が、電子新聞の研究予算に10億円あると言っていたのを聞き、テラダ氏は、D4を100台、実験用に買いませんかと持ちかけた。
 が、当然、話にならなかった。

【会社説明】 『読経新聞社』……経済情報を得意とする大手の全国紙。

 しかしこのとき、電子新聞という分野には資金があると考えた。電子新聞サービスをバンドルした新端末を企画すれば、新聞社の資金を端末のアプリ開発費に流用できるし、新聞社が新端末をごそっと買ってくれるかもしれない。

 そういえば、バキンゼの資料にも「電子書籍」という言葉があった。話題の次世代PHSを前提にすれば、協力会社も集めやすい。社長の言う「サービス」とやらにも応えられる。電子書籍・電子新聞サービス! こりゃおいしい話だとテラダ氏は考えた。


 電子書籍・電子新聞サービス。珍しく目の付けどころは悪くなかった。
 翌年にはキンドルが評判になり、2010年にはiPadも発売。その波に乗れていれば。
 だが、そもそもが人の金をあてにする意図のアイデアは、思いつきの域を出なかった。

 手段として人の金を使うのはともかく、それが目的化してはいけない。やはり足りなかったのは、志か… 
 お客様に良いものを提供したいという、ごくまっとうな、普通の商売感覚か…


【news】 「iPad 発売初日に30万台突破」「25万の電子書籍がダウンロード」 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20100406/346689/ 


 次世代PHSと絡めて、電子新聞サービスをうんぬん…とテラダ氏が言いだしたとき、シモム氏は聞き流した。どうせ気まぐれの妙な作業をこっちに押しつけようとしてるんだろう。

 シモム氏はテラダ氏に呆れ返っていた。
(D4や03であれだけのことをしでかして、まだスマートフォンを作るつもりかこの人は… 今は次世代PHSのインフラ整備に金が足りないときだというのに…)

 テラダ氏はシモム氏が自分の邪魔をしていると考えた。
(だから次世代PHSなんかやめりゃよかったんだ。あれさえなければ、現行PHSの方に、次のスマートフォンにもっと金が使えるのに…)


 何が問題か? 簡単である。選択と集中。基本中の基本。それが出来ていなかった。



 金がないのに、次世代PHS事業も、現行PHSスマートフォンも、やりたがった。優先順位さえ曖昧。決断できない経営陣。身勝手な上級管理職。限られた金の奪い合い。両方やると1つもろくなものが出来ない。お客様不在。成果出ず。責任の押しつけ合い。浪費浪費浪費のサイクル…

 さあ、ドラッカーさんの出番だ!!!


【言葉】組織にも違いがある。凡庸と一流の違いというよりは、学んでいない組織の違いである。



 D4とほぼ同時期に発売されたスマートフォンの03も、そんなに失敗だったのか?

 D4よりはマシだった。D4のあまりの大惨事のため、単なる失敗の03はそれほど取沙汰されなかった失敗を隠すには大失敗をしでかせばいいわけさ。 

 あらためて見れば(見なくても)、03のUI(ユーザー・インターフェース)はひどかった。反応速度も。そこだけ時の流れが止まっているかのよう。マルチタスクのくせにしょっちゅうフリーズ。採用した他社OSのせいにしていたが… 

 そもそもウィルコム端末は、かつて通話中にメール受信できないのがスタンダード。京セラの端末ではそれが「改善」された。とても便利になった、という認識。

 少し前のウィルコム社内には、PHS端末一筋マンがごろごろいた。しばらく新卒を採用してなかった。不便は慣れれば気にならない。というより、それが世間一般的に不便だという認識すらない特殊環境。
 

 これって不便じゃん! と誰かが言おうものなら、
PHSを批判するのか! 愛が足りない…」 
 少し前までは本当にそんな雰囲気も。


 03の失敗は、目標販売台数の設定値が高すぎたからだ、という、スマートフォン企画メンバ(D4企画メンバと同じ)もいた。もし、ウィルコムが日頃から高い志と目標を掲げる企業文化だったならば、その意見も弁解には聞こえなかっただろう。



 新聞社の電子新聞用の予算が、新スマートフォンのための金脈に見えたテラダ氏は、シモム氏がのらりくらりしているので、直接、シモム氏の部下のマシタ氏に命じた。電子新聞サービスを直ちに検討せよ。

 たまたま、バキンゼMtgでシモム氏が席を離れているときに、バキンゼMtgを外されたマシタ氏が自席で暇そうにしていたからだった。

 
 一方、タソモト氏も、バキンゼMtgに出なくなっていた。
 ウミナガ氏が笑顔でタソモト氏に話しかけた。「あれ、君もMtg出ない組になった?」…


(2010年4月5日〜6日分まで掲載)