予告された倒産の記録 その16

リーマンショックで??


 社長のメッセージが、社内のホームページに掲載された。


 当社を取り巻く事業環境が変化してきています… 
 リーマン・ブラザーズの経営破綻を皮切りに起きた100年に1度といわれる歴史的な金融危機の影響が、実体経済へも大きな影響を与えてきています…

 この未曽有の危機を乗り越えるため、超優良企業でさえ、大幅なコスト抑制に取り組み始めていることは、みなさんも耳にされていると思います…
 景気悪化に敏感な電子部品産業においても、大幅な減産・人員削減が行われ始めたところをみると、この不況は最低でも数年は続くと考えざるを得ません…

 移動体通信市場においても、新規販売数の急激な減少や、競争激化に伴うARPUの下落が続いており… 当社に関していえば… 一転して今期は加入者が伸び悩み、売り上げは減少となる見込みです…

 現状を冷静に分析して、将来を見据えたときに、いま自分たちの判断で大幅なコストの削減に取り組む必要があると考えました… 徹底した合理化・効率化を図り、売上に見合ったコスト水準を実現することにより、力強い利益を生む会社に変えていく…



 メッセージは、あたかもリーマンショックが主な原因でウィルコムの売上は今後も減り続けるため、厳しいコスト削減が必要であるかのように、書かれていた。



 でも、ほとんどの社員は、信じなかった。だって他の携帯電話事業者は平気そう。海外展開してるわけでもなし。さほど影響ないでしょ。

 でも、会社の財布がヤバイということは、信じた。噂がいよいよ実体化した感じ。ただ、どれくらいヤバイのかは、不明だった。
 コスト削減ありきの理由づけに、「ヤバイ」が大袈裟に利用されている気もした。



 リーマンショックのせいで? ウィルコムは… ああ…

 現行PHSと次世代PHSのデュアル・スマートフォンを作る資金の見込みがなくなった… そればかりか… ああ… 
 次世代PHS事業のための業務システムを構築する資金も、目途がつかなくなった… (…と、いうことになった)

 かくして、サイジ氏とタヌダ氏の労力と膨大な資料は、白紙同然の塩漬けになったのである。
 2人は、突然、ひまになった。俺たち、何のためにここ(次推室)へ来たんだろ…


はああああああああああああーーーーーーーーーーー。。。。。。。。 


 ウィルコムは、真面目な社員たちのタメ息が充満して倒産したと、ありやなしや。



 リーマンブラザーズの破綻が世間を賑わす中、電気通信機器メーカーのロキア社が一通のプレスリリースを出した。

【会社説明】 ロキア社……世界的な電気通信機器メーカー。携帯電話端末では世界最大のシェアを持つ。

 ロキア社は、法人向けのデータ同期サービスから撤退するという。ロキアの子会社が行うデータ同期サービスは、ウィルコムスマートフォンに採用されていた。
 そのニュースをキクガワ社長は新聞で知ったが、うちに影響あれば誰かが報告に来るだろうと、日常の多忙に埋もれた…



■ 組織変更


 食欲の秋。読書の秋。組織変更の秋。サービス開発本部は、スマートフォン企画チームが「データ通信企画室」と名前が変わり、「CRM部」と「プロダクト開発部」が新たに加わった。また、「コンテンツ担当」が営業系部門から移され、サービス開発本部内のサービス計画部の中に入った。

 サービス開発本部内セクションのまとめ → 「サービス計画部」「B&P部」「次推室」「データ通信企画室」「CRM部」「プロダクト開発部」

 サービス計画部……「コンテンツ担当」「アプリケーション担当」を含む。データ通信ARPU向上の施策企画・分析も行う。「コンテンツ担当」はモバイルコンテンツ開拓、「アプリケーション担当」はモバイルアプリ、サービスの企画等がミッション。

「B&P部」「次推室」……とくに変更なし。「データ通信企画室」……スマートフォン企画チームの名称が変わっただけ。

CRM部」……カスタマ・リレーションシップ・マネジメント。顧客志向のさまざまマーケティング分析・施策提案がミッション。

「プロダクト開発部」……端末やデータ通信機器等の製品化プロセスを管理、バグの検証等がミッション。

 これで、端末・アプリ・サービスの開発、ブランディング、およびデータ通信ARPU向上のための利用状況分析、メールマーケティング、コンテンツ施策等が、サービス開発本部にて一手にできることになった。


 サービス開発本部が、横の連動に欠けたツギハギ組織であることは、今更いうまでもないが、形ばかりの権力に、テラダ副本部長の虚栄心はくすぐられた。責任の重さを回避する措置もぬかりなく行われた。

 03とD4端末で大失敗をやらかしたスミジ氏を、データ通信企画室の室長にした。また、アプリケーション担当のGL(課長級)だったツミオ氏を、サービス計画部の担当部長に昇進させた。例の「キャプテン」と同じ、肩書き作戦である。

 テラダ氏は、上から何か言われたとき、責任を押しつけて怒鳴り散らせるサンドバッグの部下を、そうして準備した。ウィルコムの上級管理職は、こういう手配には頭が早く回るのであった。

 同じタイミングで、電子新聞関連のリサーチを進めていたマシタ氏が、次推室からサービス計画部へ異動した。後に「どこでもWi-Fi」となるモバイルルータの企画を進めていたゴリセ氏が、B&P部からデータ通信企画室へ異動した。



■ 「どこでもWi-Fi」事件


 2008年10月、幕張メッセで開催された東京ゲームショウに、「どこでもWi-Fi」は展示された。
 近日中の発売かと思いきや、なんと数カ月先の2009年春頃
 その間どうするの? 戦略なき目立ちたがり屋ウィルコムのPRを、競合他社は喜んで利用した

 業界の新勢力、暴れん坊のイーモバイルが、斬新な料金プラン、便利な端末、ネットブックとのセット販売施策などにより、ウィルコムのユーザーを激しく奪っていた。


 10月下旬から12月にかけて、イーモバイル端末に対応した3種類のモバイルルータがいち早く発売された。
 メディアは、数カ月後に発売される予定の「どこでもWi-Fi」と比較して報道した。
 社内ではすでにわかっていたことだったが、「どこでもWi-Fi」より、低価格で販売されていた…

 3種類のモバイルルータのうちの1つは、イーモバイル端末とセット販売で、ひと月に2500台ものペースで売れていった。契約縛りがあるので、簡単に買換えはされない。どこでもWi-Fi」の見込み客を、イーモバイルに先に吸い取られていくようだった。


 はーーー…… またもや憂鬱な呟きだが、もともと「どこでもWi-Fi」は、次世代PHS無線LANの変換機というコンセプトだったが、「次世代PHSを視野に入れて」まずは現行PHSでテストマーケティングしよう、ということになった。

 テストマーケティング! ウィルコムの得意技。テストマーケティングに始まりテストマーケティングで終わる。
 会社自体も、テストマーケティングだったか?


 3G全盛なのに、今さら速度貧弱のPHSで、本当にやるの? といった社内の意見も、「次世代PHSに繋がる試み」「テストマーケティング」というキーワードで実施決定されてしまう。
 のは、なぜ?? おしーえてーおじいーさんー おしーえてーおじいーさんー


【news】アニメ「アルプスの少女ハイジ」の原作で、スイスの童話作家ヨハンナ・スピリが書いた「ハイジ」(1880年)が、出版された年の約50年前に書かれた別の作品に酷似しているとドイツの研究者が指摘しました。http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp1-20100413-617567.html


 それに、遅くとも2008年内の発売予定だったので、秋の東京ゲームショウでPRするのがタイミング良しというストーリーだった。2009年春への発売延期は早めにわかっていたが、ゲームショウへの出展だけはそのまま行われた。

 出展やめたら? 発売延期だし。経営陣が出席するAM会議でも議題になった。しかし、企画担当者のゴリセ氏が、来年春まで大きな展示会がないなんて理由で、出展を強調し、通ってしまった。
 のは、なぜ? お・し・え・てー! 
 あ、そうか、デキレース会議だったっけ。

 いくらデキレース会議だからといって、発売日まで半年近くもある端末の事前PRが簡単に承認されてしまうのは、それがどのようなリスクを発生させ、競合他社につけいる隙を与えるかの危機意識が、社内に皆無だったためだ。

 だって他社動向を調べようとする姿勢すら、ないんだもん。そのことを指摘されると、ゴリセ氏は「イーモバの動向は把握してた」と強がった。ではなぜ? と問われると、「詳しくは知らなかった。それに『どこでもWi-Fi』は他のモバイルルータとは商品価値が違うから」


 商品価値が違うから、他社を気にする必要ない。他社製品がいくら売れても、商品価値が違うから、こっちを出せば売れる。という論理。では、「どこでもWi-Fi」にどのような魅力、特別な商品価値があるのか? 
 それはまた後ほどつぶやきたい… けど、その前に一つだけ。



 なんだあのゴツゴツした、デカい端末は? これを持ち歩けと? モバイル(持ち歩き)に邪魔なモバイル端末。
 
 毎度のことだ。
 もはや社員たちはポーカーフェイス。
 ゴリセ氏はできたばかりの端末を見せ回った。「どう?」
 社員たち 「んーー、白い、ねえ…」 (これを見て、何を言えと?)


 カラフルなハニービーが、蜂の背中に社運を背負うかの如く、売れ行きを伸ばしていた。



【豆つぶ】
 イーモバイルは、「どこでもWi-Fi」の開発動向を、事前にどの程度つかんでいただろう?

 早い時期に把握し、「どこでもWi-Fi」の当初の発売時期(2008年10〜12月)にぶつけるため、競合製品の開発を水面下で進めていただろうか。あるいは、東京ゲームショウの出展を知り、超スピードで動いただろうか。

 イーモバイルのモバイルルータが、海外製品の輸入品だということにヒントがあるかもしれない。既製品を持って来て、イーモバイルのデータ端末を繋げたら動いた。ちょうどいい。セット販売しよう。すばやい経営判断と対応。それなら時間はかからない。

 世界的に採用された3G技術の特権。悲しいかな、海外に対応製品のないPHSはそういうことができない。一から作らなければならない。やたらと遅くなる。ここでもナローバンド。なのに製品コンセプトの発表だけはやたらと早く、命を縮めるのだ
【豆つぶ終り】



タマなし 早撃ち 蜂まかせ


(2010年4月12日〜14日分まで掲載)