予告された倒産の記録 その17

不毛地帯


 ハニービーの好調な売れ行きを受け、秋にハニービー2が発売された。
 ハニービーは、競合他社の製品やサービスのことはともかく、あくまでウィルコムのことだけを見れば、大成功と言えた。
 ウィルコム、やればできるじゃん! こういうのを待っていたんだよ!


 ハニービーは、この不毛地帯の社内で、いったい誰の、どんな仕事のやり方で、成果を挙げたのか? 残念ながら、ハニービーの成功で、出世した者は、いなかった。

 サービス開発本部内で、ハニービーはB&P部のイシヤマ部長の管轄だった。そのイシヤマ氏を、テラダ副本部長は評価しなかった。あれ、京セラの企画でしょ? 京セラの提案をそのまま受けただけでしょ?

 ハニービー1つが今更ちょっと成功したからって、何の問題解決にもならない。そんな風潮さえ、あった。ハニービーは企画端末。あくまでも傍流… 主役はスマートフォンだ。

 だが、会社の雲行きが怪しくなってきた… 次世代PHSとデュアルじゃなくても、現行PHSだけのスマートフォンさえ作れなくなるなんてことは、まさかないと思うが…


 株式上場が頓挫し、各方面との出資交渉もまとまらず。次世代PHSはバキンゼMtgが停滞のどん詰まりで何も決まらず、エリア展開計画も見直さざるを得ず、現行PHSも業績を上げられないのだから、誰がそんな会社に出資するだろうか。
 大株主のカーライルは、業を煮やしていた。


 1つだけ、出資には至らなかったが、ウィルコムがドコモのMVNOになって3Gのデータ通信サービスを行う話が、ひっそりとまとまりつつあった。社内でも極秘扱い。実現したときの業務運用方法を、誰かが早めに準備しなければならない。テラダ氏は、次推室でひまそうなサイジ氏に、その仕事を任せた。


 ウィルコムがドコモのMVNOになる。3Gをやる…
 テラダ副本部長とシモム室長から話を聞いたとき、サイジ氏は耳を疑った。
 社内にはPHS至上主義の裏返しで長らく3Gを敵視する風潮さえあったのに… まさか3Gをやることになるとは…


 3Gの件は厳秘ということで、次推室ではシモム氏サイジ氏のほか、サイジ氏をサポートするタヌダ氏、取締役会議用の書類作成等をするサロ氏とそのサポートのココムラ氏に限られた。サービス開発本部内の他部署へは、部長レベルで留められた。



■ 俺のせいじゃない!


 …広告マンの仕事は、クライアントとクライアントの顧客に夢を見させること
 電王堂のタナカ氏はクライアントのキクガワ社長と手を取り合い、深い夢の中にいた。
 それは天下り先創造のユートピア、「ブワウク」こと、BWAユビキタスカメラネットワーク研究会。


 ドコモMVNOの件のように厳秘扱いではなかったけれど、こちらはこちらで、何やら怪しく、ひっそりと動いていた。

 社長室の近く、次推室の一角に設けられた、ブワウクのスペース。
 電王堂のタナカ氏は、コンサルのクロマロ氏と事務局長のアサバラ氏に、ヤクザな夢を語っていた。
 新入社員のタケミ氏は、体調不良という名目で休みがちになっていた。


 タケミ氏は、やや内向的な性分もあったのだろう。最初のうちは同期のツヅキ氏のところへ、まるでアサバラ氏から逃げ出すかのようにやって来ては、深呼吸して、気分を紛らわせていたのだが、やがて、次第にそれもなくなり、自席で一日中、誰とも口をきかなくなっていた。


 ときおり、見かねて、サロ氏が話しかけた。
 が、話がすぐ萎む。素朴だったタケミ氏は、わずかな間に警戒心が強くなっていた。
 アサバラの野郎、とサロ氏は思った。
 そのアサバラ氏はタケミ氏のことを、ろくに返事をしない、仕事にならない、ちょっと変だよあの子は、と吹聴していた…


 自分のせいだと、アサバラ氏は薄々気づいていたのかもしれない。だからこそいっそう、口に出しては「俺のせいじゃない!」という意味の言葉になった。どうして、何が悪かったのか、彼には分からないままどうすることもできず、何日も休むタケミ氏を、本当の体調不良だとして、放っておくしかなかった。


「タケミさん、まずいですね」と、サロ氏はシモム室長に言った。
 気づいてないはずがない。しかしシモム氏は「体調不良って聞いているしなあ」と、そしらぬふりをした。話の内容をすり替えた「ブワウクは、ココムラもいるし回るだろ」
 サロ 「いや… そういうことじゃなく…」
 シモム 「………」



 ブワウクは、事業の内容よりも、とにかく、てっとり早く会社化する道筋を探し始めていた。


「会社を作る。研究会で集めた金をそこへ移す。その金で次世代PHS基地局を建てる。そのための会社を作る」……タナカ氏は、ブワウクを会社化する企みを話した。「素晴らしい!」アサバラ氏は言った。でも、そんなことできるの? ブワウクの資金は用途が限定されているし、ウィルコムの金じゃない

 産学連携研究会であるブワウクの資金は、防犯カメラやセンサネットワークによる安心安全社会実現のため、複数企業から集めたものだ。次世代PHS基地局設置費用にあてようものなら、ウィルコムという一企業への、不当な利益供与となるおそれがあった

 クロマロ氏は、黙って聞いていた。雇われの身なので、内心どう思おうと「できない」とは言わない。どんな妄想話でも、仕事として依頼されれば、それを理由にコンサル契約料を上乗せすることができる。

「そこはまあ、そのあたりの微妙なさじ加減は、クロマロ大先生のお力で!」とタナカ氏が言うと、クロマロ氏は「検討しましょう」と頷いた。アサバラ氏が思いつきの冗談を口にした。
「なんだかさあ、マネーロンダリングみたいだね」
 2人は、笑わなかった… それをいっちゃあ…

【用語解説】 「マネーロンダリング」……不正取引で得た資金や企業の隠し資金を、金融機関との取引や口座間を移動させることによって資金の出所や流れを分からなくすること。資金洗浄

■ ギブ・ミー・マネー!!(100億円)


 権威ある大学の教授や有名ITジャーナリスト等の有識者を役員メンバに連ねたブワウクは、ウィルコムに都合いいプライバシールール作りで有識者のお墨付きをもらおうとしてつまづき、初期段階から計画の変更を余儀なくされていた。

 また、全社的なコスト削減により、ウィルコムがブワウクにあてた予算も大幅カットされた。アサバラ氏らは、ブワウクの存在意義を高めるため、ブワウクの中に部会を作り、組織を大きく見せようとした。1つは「カメラ部会」。1つは「センサ部会」。1つは「電子ペーパー部会」。

 またもや、ハコだけ作って中身なし、でもカネをくれ、作戦である。


 電子ペーパー
 アマゾンのキンドル端末のディスプレイに使われ、表舞台に出てきた。

 紙資源に代わる、次世代の、未来の、新しいかたちの紙。次世代? 未来? はて、どこかで聞いたようなフレーズ…

 液晶より省電力(省電力…)、目にやさしい(人体にやさしい…)、エコロジカル。(電子ペーパーは…ディスプレイ版PHS?)

 キクガワ社長が出資交渉をしていたNTTGの経営戦略資料の中に、「電子ペーパー」という言葉があった。

 やがて普及するはずの、電子ペーパー端末へ、情報配信するためのプラットフォームビジネスを牛耳りたい。というNTTGの(中の1社の)野望。でも、何をどうすればいいのやら。

 NTTGは自分たちでちょっと動いてみた。でもうまくいかない。そうだ! ウィルコムにやらせてみよう。


 幻の人参(出資)を目の前にぶら下げられたキクガワ氏は、電王堂タナカ氏に相談。電王堂も、新しい広告メディアを開発したい。それで、タナカ氏も関わるブワウクの案件になった。電子ペーパーは金の卵。
 NTTGから100億もらえるビジネスモデルを作るのだ!


 100億…!! 


 金額が大きければ大きいほど、アサバラ氏の足は地を離れて酔いしれた。話が大きいほど、偉くなったような気がした。



(俺は、100億のビジネスを手掛ける男)  ブワワーン…


(2010年4月15日〜16日分まで掲載)