予告された倒産の記録 その18
■ 「へつらう」か「威張る」か
マシタ氏が、テラダ副本部長の指示で、電子新聞ビジネスをリサーチしていた。電子ペーパー業界の動向にも、詳しくなっていた。
NTTG? 電王堂? 「筋の悪い話だ」マシタ氏は言い切った。新聞の電子化で、大手の新聞社に最も警戒されているのが、その2社だ。そんなところと組んだと知れたら、こっちまで変に動きづらくなってしまう。
デジタルコンテンツ事業では、手数料収入で儲かるプラットフォームを誰もがやりたい。新聞社や広告代理店で、勢力争いが始まりつつある。
その時期に、NTTGが入り込もうと恥知らずな殿様営業をやらかし、新聞各社のヒンシュクを買った。マシタ氏は、アサバラ氏に状況を話した。
知ったことか! アサバラ氏は、突然キレた。
こっちは社長の指示でやってるんだ。100億のビジネスを作るんだよ。やる気がないなら邪魔しないでもらえるかな!!
そっちが質問してきたんだろう… マシタ氏は呆れたが、アサバラ氏の態度は、タケミ氏の件などでも見慣れていた。
アサバラ氏は、「社長」や「100億」という言葉を持ち出せば、聞き手を思考停止に追いやり、従順にさせる威力があると思い込んでいた。
そして、リアルな事実の検討をむやみに軽んじ、危険な盲信を強いたがる価値観は、ウィルコムの社風でもあった(転職組のくせにアサバラ氏は典型的なタイプだった…)。
「やる気がない、とかじゃなくて、事実を言っているだけだろ。まずは事実を踏まえた上で、どうするか考えるべきなんじゃないか?」マシタ氏は、言った。
アサバラ 「…それで、できるの? 100億取って来れるの?」
マシタ 「………」
アサバラ 「なんだ、できないんじゃん。それじゃあダメなんだよ!」
マシタ 「…なあ、どうかしたのか?」
それまで、アサバラ氏は、新人のタケミ氏や若手のココムラ氏には傲慢な態度を見せていたが、NTTG出身のマシタ氏やタソモト氏に対しては、通信業界に長いお二人のご意見を伺わせてほしい… と、妙に低姿勢だったりした。
しかし、過剰な低姿勢は、傲慢のたんなる裏返し。
人に対して、「へつらう」か「威張る」か。その2つしかコマンドがない。初期のRPGゲームのキャラみたい。ある種の縦社会の中に長くいると、そうなってしまうサラリーマンは決して少なくない。
組織をさらに硬直・腐敗させる要因… NTTGで人材育成の経験もあったマシタ氏は思う。そうならないため、NTTGでも「ニュートラル」や「アサーティブ」といった研修が若手社員へ試みられた。が、現場が変わらないかぎり、多少の研修は焼け石に水でしかなかった。
【用語解説】「アサーティブ」……相手のありのまま(権利)を侵害せずに、誠実・率直・対等な立場で、自分の気持や意見をわかりやすく伝えること。そのためのスキル。
問題は、アサバラ氏のような「へつらう」「威張る」限定の対人スキルが、ある種の組織では有効だということ。ウィルコムでも、彼はキクガワ社長に気に入られている。だからタチが悪い。
アサバラ氏は、マシタ氏のことを、正論をふりかざす世間知らずの男、とみなしていた。ずっとNTTGという大企業の恵まれた環境で、下請け相手に正論ぶって楽な仕事をしてきたんだろう。世間はそんな、甘いものじゃない。
それに、マシタ氏の意見に、アサバラ氏は無性にいらいらした。NTTGや電王堂は大企業だぞ! もっと頭をひれ伏すべきだろうが? こっちはキクガワ社長の名前も出しているのに… 何が「事実の確認、検証」だ? いい年して青臭いことを…! オーソリティ(権威)に反抗して、自分を偉くみせたいだけだろ。幼稚だ。
と、アサバラ氏は決めつけたので、幼稚なマシタ氏の意見など、まったく理解する気がなかった…
これも今更だが、身勝手な屁理屈で相手を見下し、相手の意見自体も頭ごなしに無効化させる手口は、志なき不健全な組織の日常風景だった。その点において、中途入社のアサバラ氏は、みごと社風にフィットしていた。
前にもつぶやいたが…
健全な議論の不在。
ウィルコムを更生会社に追い込んだ、致命的な欠点。
そういえば、このツイートを以前に煽った、ウィルコム社員の手口もそうでしたね。身勝手な誹謗中傷をし、このツイートを陳腐化させようとしたわけだ。
しかし、いくら陳腐化させようとしたところで、このツイートはもともと、くだらない、なさけない、ときに笑っちゃうくらい意識の低い、ウィルコムという肉体の中に毛細血管のように入り組んだ病症の数々。がん細胞のように、タチ悪く会社を倒産させた「意識の問題」の寄せ集め。
なぜ、ウィルコムは(現行PHSでも)利益を出せなかったか? という症状に対する、1枚のレントゲン写真。まっ黒な肺。うわー、きたねー、なんだこりゃーっ!
ある意味、これ以上くだらなくさせようが、ありません… あしからずw
■ 経営戦略会議
テラダ副本部長は、思いつきの電子新聞の件をすっかり忘れていた。大幅なコスト削減、次のスマートフォン、ドコモMVNO… さらに、カーライルが、いよいよ現場に介入しようとする動きがあった。
経営戦略会議、なるものができた。カーライル主導で課題解決しようというもの。
課題→ なんで現行PHSはこうも失敗続きなのか?
ウィルコムの問題は、借金の額ではない。新たな出資を得られないこと。リファイナンスができないこと。なぜか? 今の事業(現行PHS)での売上げが低すぎるから。利益を出せずにいるから。なぜか? 市場ではなく、社内に問題があるに違いない。
そんなことは、みーんな、ずーっと、わかっていた。
わかっていたので、三つの頭や上級管理職らは、責任逃れと保身工作に、日々いそしんでいたのだ。それが仕事の一部… いや、大部分を占めて。
経営戦略会議に、上級管理職らが、順次、呼ばれた。現場の状況をインタビューして問題点を洗い出す。事情聴取だ。テラダ副本部長が呼び出されると、サービス開発本部の社員たちは、少しわくわくした。いったいどう説明するつもりなのかね?
その頃から、テラダ氏は、徐々に、経営の重要な会議に呼ばれなくなってゆく…
経営陣がテラダ氏に言った皮肉→ 君は、とにかく現場のことに注力しなさい。データ通信ARPUを飛躍的に向上させること。こっちの会議に出ていると忙しくて現場がおろそかになってしまうだろう?
データ通信ARPUの向上。それは目先の話として、モバイルコンテンツの利用率を上げることだ。しかし、サブ(2台目)端末のユーザーが多いウィルコム。普通のユーザーなら、1台目のドコモ、au、ソフトバンク端末のコンテンツを利用する。そっちの方がコンテンツの質もいい。
経営陣の本音→ 大した金をかけることなく、ダメモトで、うまくいけばしめたもの。期待はしてないが、他にやることがないなら(金をドブに捨ててばかりいるなら)、おとなしくそれでもやってろ。……いわゆる、そういう仕事であった。
テラダ氏は、こういうときのために用意しておいた、サンドバッグ部下のツミオ担当部長を怒鳴りつけた。お前は今まで何やってたんだ! データ通信ARPU向上の案を早急に出せ!!
今まで何やってたって… あんたの言うとおりにやってただけだろ… ツミオ氏は内心つぶやいたが、表には出さなかった。自分はこういう役回り。それで40才にして早くも担当部長になれたのだ。
しかし… ウィルコムのモバイルコンテンツで、使える金もなく、他キャリアからユーザーを取って来る案なんて、まともな方針とは思えない。手足を縛られ、荒波で泳げといわれたようなもの。ユーザーが何の目的でウィルコム端末を持ってるのか、分かってるにも関わらず… また適当に作って出すか…
ウィルコム同士24時間通話無料サービスの成功で、ウィルコム端末は音声通話用として契約されることが多かった。1台目は、便利で格好よくコンテンツの質も高い他社携帯を使い、特定の相手との音声通話用として2台目をウィルコムにする。
したがって、ウィルコム端末のデータ通信ARPUが低いのは、ユーザーのニーズに沿った当然の帰結だった。経営陣は他社との数値比べだけして、低いから上げられると考える。それに対し現場リーダーは何も指摘しない。ツミオ氏は、課題の矛盾、困難さから目をそらせた。考えるな。考えちゃいけない。
行き当たりばったりの、やっつけ仕事。本当は会社の重要な問題を含んでいるが、いつもどおり適当にやって、本気だと自分に思い込ませ、ろくなものができず怒られ、うやむやになる。全社的なコスト削減もいよいよ始まったが…
ツミオ氏は最近ふと思うのだ。思うだけだが。
こんなんで、いいのだろうか…?
大株主が変わったとき、ツミオ氏はKDDIへ帰る道もあった。ウィルコムに残ったことで、出世した。KDDIへ帰った同期は冷飯を食わされ、管理職にもなっていない。自分は正しい選択をした。ツミオ氏は、思う。やっぱりこれで良かったんだ。俺は、間違っていない。そう、自分に言い聞かせた。
おりしも秋は深まり、冬の… ウィルコムにとって、長い冬の始まる足音が… ドスーーーン… ドスーーーン… と。
(2010年4月16日〜19日分まで掲載)