予告された倒産の記録 その20

■ ユメを騙れ


 UQMVNO説明会で、端末、エリア展開計画、料金関連の情報が出るたび、ISP、メーカー、メディア等から、ウィルコムへ問い合わせが入った。
UQさんはここまで発表しているのに、ウィルコムさんはどうなんですか?」


 次推室でMVNO業務を担当するヒレバ氏は、社外や、社内の広報、営業部門等からの問い合わせに対し、「追って発表します」を繰り返した。オウムになった気分だった。
どいつもこいつも、野次馬根性の知りたがり屋で困る。発表するまでおとなしく待ってればいいものを)  

 ヒレバ氏は、縁なし眼鏡の位置を人差し指でなおした。度は入ってない。威厳あるように見せかけるためダテだ。7月にウィルコムへ中途入社したヒレバ氏は、前職のコンサルで地域WiMAXの仕事をやっていた。

【用語解説】「地域WiMAX」……UQWiMAXと技術は同じだが電波帯域が違うなど互換性なし。つまりユーザーから見れば同じ端末を使えないため別物。ブロードバンド有線のない地域で普及させようと国の旗振りで始まった。が、収益性の問題から手を挙げる事業者は乏しい。

 地域WiMAXとはいえ、WiMAXをやっていた人間が、なぜウィルコムへ転職? UQじゃないの? →「UQからも、もちろん誘われたんだけどね。あの会社は高飛車偉そうだから、断ってやった」 
 ……とのこと。ふーん…  


 ヒレバ氏の部下になったナガラ氏は、40才のヒレバ氏より年上の42才。
 虚栄心の強そうな年下の上司には、決して年上ぶらず、亀のように首と手足を引っ込めていることにした。
 外の世界でコンサルだった人だからスキルはあるはず。こっちは学ぶ姿勢を忘れずに、謙虚に、謙虚に


 ヒレバ氏は、次推室がなぜ情報共有のMtgをしないのか不思議だった。シモム室長へ軽く打診しても、動かない。しょうがないので、社外と接するメンバ(ヒレバ、ナガラ、ウミナガ、ヤシダ、マシタ、アサバラ)で週一のMtgをすることにした。
 当然シモム氏へも参加を呼びかけたが、数回のひやかし出席があった後、顔を出さなくなった。なんで俺がこんな下々のMtgに出なきゃいけないのか、という雰囲気がありありと出ていたので、いないほうが平和だった。 

 週一のMtg(パートナーMtgと名づけられた)では、社外の訪問先リストが作られた。一度でも訪問したらリストへ記録し、内容を書き込む。いつ、誰がどこへ訪問し、何を話したかが一目でわかる。そんな当然のものさえ、それまでなかったので、ナガラ氏はヒレバ氏に感心した。

 本当は感心するほどのことではないと、ナガラ氏は自分でもわかっていたのだけれど、あえて感心することにした。
 だって自分の上司だから。
 その方が自分の精神衛生的にも、よかったのである。 



 UQウィルコムMVNO説明会は、事業立上げの進捗状況を、世間が知る機会。
 1回目が2008年3月に行われ、2回目が夏(UQが7月下旬、ウィルコムが8月下旬)、3回目が冬(UQが11月上旬、ウィルコムが2009年2月下旬)だった。 

 回を追う毎に、UQウィルコムの開催時期にひらきがあり、社内のもたつきを露呈しているようだが、開催時期はそもそも予定どおり。先にサービスインするUQが先行し、その発表内容をみて、ウィルコムが追随する流れ。

 但し、ウィルコムの3回目は当初予定を1カ月ほど延期した。2回目を実施した8月末以降、5ヶ月もの間、新たに発表できる内容が、何も決まらなかったためだ。

 UQの3回目(11月上旬)の発表内容をみて、ウィルコム社内はにわかに焦りだした。
 焦ると、まずやるのが、相手批判
 UQは表向きは順調そうだが、KDDIの内部では、旧DDI派のau陣営と、旧KDD派のUQ陣営で内紛が起きているらしいぞ。

 信憑ありかなしか、情報ソースはメディア。KDDIが吸収した旧ツーカー基地局用地を利用してUQはエリア展開の予定だが、その用地利用を巡ってもめているという。だから、UQは発表どおりにはエリア展開できないだろう、というウィルコムの希望的観測。


 社外への公式発表と、社内の状況が激しく乖離しているということは、ウィルコム社内ではまさに身をもって信じられる事実だったので、それはいかにも有りそうに思われた。


 だって建前(世間への発表)と本音(社内事情)の使い分けは、大人の方便、社会人として常識でしょ? 当然のこと。

 有言実行? 馬鹿いっちゃいけないよ。ハハハ…




 公共の2.5GHz帯電波を有効活用する、BWA(ブロードバンド・ワイヤレス・アクセス)サービスとして期待された次世代PHS
 MVNOへの提供が義務づけられたのは、いうまでもなくフェアな競争環境を実現させ、国民の利益を向上させるためだ。



 その役目を任せようと、国はウィルコムへ免許を与えた。
 免許の意味、責任と期待の重さは、常に、絶えず、意識して仕事に当たらなければならない。
 にもかかわらず。


 免許はたちまち既得権化した…


 MVNO説明会で、とりあえず、総務省の目をごまかせる程度には体裁を整えないと、免許が剥奪されるかもしれない。会社の体面にかかわる問題だ。お客様よりも、免許の意味よりも、「剥奪」という起こりうる汚点に対し、会社の体面を守れ。


「免許剥奪リスクを下げる」「免許剥奪リスク対策」
 
 そんな言葉が、社内会議資料に出始めた。 さーて、どんなごまかし、トリックをしようかね? 



 とにかく、MVNOに関心ある事業者に、早々にそっぽを向かれるとマズい。奴らの目の前に何でもいいからうまそうな人参をぶら下げる。ユメを騙るんだ。嘘じゃない。ひょっとしたら何かが起きてできるようになるかもしれないからね。世の中は何が起こるかわからない。

 MVNO業務の窓口対応をするヒレバ氏は、部下のナガラ氏にそう話した。
 ナガラ氏は小刻みに頷いた。(何でもいいから、あなたの言うとおりやりますよ)
 2人は、ISPやメーカーに対し、幻の人参をぶら下げまくった。 

 ごまかし営業経験のあまりないナガラ氏が、「ヒレバさんはクチがうまいですね」と言うと、ヒレバ氏は、「前職のコンサルのとき、さんざん培ったからね。こういうのは得意」と答えた。「まあ、ナガラさんも、徐々に勉強していって…」 



サービス残業の種


 全社的なコスト削減施策として、「残業の自主規制」なるものが始まっていた。 


 社員一人一人に、1カ月あたりの「残業目標時間」なる数値が設定された。目標なので、自主的にその数値を超えないようにしなさいよ、というわけだ。 

 もし忙しくて超えた場合は? どうするの? →いやいや、だから「自主的に超えないようにしなさいよ」と言ってるじゃないか。 …つまり、残業しても申請するな、なかったことにしろというわけだ、自主的に。と、ナガラ氏は解釈した。 


 そう解釈したのは、ナガラ氏ばかりではなかった。実際にやった残業代を支給しないのは明白な違法行為だが、残業しても社員が自主的に申請しないなら、会社は把握できなかったと言い逃れできる。
 法の穴を狙った、新たな社内規制。サービス残業の種が、社内のあちこちに撒かれていた。


(2010年4月21日〜22日分まで掲載)