予告された倒産の記録 その25

■ スッパ抜き


 それは、世界的な電気通信機器メーカー、ロキア社端末の日本撤退と同時に始まった(ウィルコムは関係ないけど)……ウィルコムの耳(SIM)はドコモの耳(SIM)!!

 2008年12月1日、週末明け月曜日の朝。経済情報に強い読経新聞は、ウィルコムがドコモのMVNOになる、社内でも水面下の動きを、スッパ抜いた。


 次推室で広告戦略やマーケティングを担当するウミナガ氏は、朝刊をみて目をひんむいた。社内の陽炎のごとき噂はヨタ話だと思ってた。まさか本当だったとは! どうして、誰も、に、知らせなかったんだ?? こんなおいしいネタを!!
 

 最初からありえないと決めつけて見ればありえなく感じるが、新聞記事になってみると、ガセではないと直感した。思い起こせば、社内にそれらしき動きもあった。単に、自分がそれをどうでもいいと、見過ごしただけだった。まあ、よくあることだが。

 いずれにしても、「次世代提案型マーケティング・コミュニケーション・プランナー」(自称)として、知らなかった、では済まされない。どう済まないのかは、ともかく。ウミナガ氏は、一刻も早く会社へ飛んでいきたい気分だった…


 けだるい朝の職場。
 自席のPCを立ち上げていたタソモト氏は、小さくため息をついた。この間も、社長に呼ばれた会食にウィルコム社員のA氏(妙齢の女性)がいた。しかも、社長に言われて携帯のメアド交換までさせられてしまった。交換はしたが、まだ一度もメールを送ってない。 

 失礼なのかもしれないが、気が進まないのだ。A氏は、女優の羽田美智子似の美人だ。しかし、これでどうかなったら、キクガワ社長の紹介、ということになったりするのだろうか。なるんだろうなあ。キクガワさんはどういうつもりなのだろう… 

 1ヶ月間に2度の会食。NTTGから出向で来ているタソモト氏は、キクガワ氏に買い被られているように思えてならない。思い過ごしならいいが。PCを立上げ、会社のメールボックスにも彼女からのメールはなかったので、少しほっとした。 

 NTTGで一時期、副社長の鞄持ちをしたことがタソモト氏にはあった。上級幹部にパイプがある=出資交渉に役立つとキクガワ氏は思ってないか。タソモト氏を幹部候補生だと思ってないか。いくらA氏が美人でも、そういうしがらみはまっぴらごめんだった。

 携帯にも会社にもメールがないならAさんも俺に興味ないってことだろう。タソモト氏が都合よく考えていると、職場の入口がにわかに騒がしくなった。ウミナガ氏がばたばたとやって来た。新聞を机に叩きつける。「やられた!!」と、彼は叫んだ。
 

 ウミナガ氏は、今度は低い声で早口に言った「読経の記事! やりやがった」
 なにごとか、と周囲の視線が集まる。
奴ら嗅ぎまわってることは、俺の情報網にも引っかかってたわけだが、まさかスッパ抜くとは!」 

 素直に反応したのは新入社員のツヅキ氏。新聞を見て驚く「ウミナガさん、これ本当なんですか?」
 ウミ 「いま俺がそれを言ったら、自爆もしくは大炎上になること間違いなし!」
 ツヅキ 「…じゃあ、この記事、うそなんですか?」
 ウミ 「腐っても、天下の読経だ」
 ツヅキ 「はあ…」
 ウミ 「まあ諸事情あって俺は今まで黙っていたわけだが」
 ツヅキ 「スッパ抜きの動きも把握してたんですか?」
 ウミ 「ある程度はな
 ツヅキ 「全然しらなかった…」


 見ると、2人の側でタケミ氏が笑いを堪えているのに、タソモト氏は気づいた。

 休みがちだったタケミ氏は、ようやくブワウクの悪夢から逃れ、アサバラ氏からサロ氏のアシスタントになっていた。かわりに、広告予算カットで暇になったツヅキ氏が、ウミナガ氏からアサバラ氏のアシスタントになっていた。

 本当か嘘か、ウミナガ氏は常に世の中がひっくり返る爆弾の事実を口の中に貯め込んでいるらしいw そのダイナマイトパフォーマンスは時に仕事を混乱させるが、今朝は、タケミ氏を何カ月かぶりに笑わせていた。


 ウィルコムはその後、2年と経たずして、ドコモだけでなくソフトバンクMVNOになることを決定し、ハイブリ端末の増産を迷走させる… その仰天事実さえも、当時、ウミナガ氏の口の中を覗き込めば、すでに転がっていたかもしれないw 

 iPadソフトバンクから出るってことも、ウィルコムは個人向けPHSデータ通信事業をもう積極的にやらないってことも、すでに転がっていたかもしれない。 


 積極的にやらない、は、この業界では「力を注がない」「自然体」「廃れるまま放置」等々の意味表現があるが、要は撤退がタイムスケジュールに組み込まれたということ。思えば、2008年12月のドコモMVNOの頃から、コスト削減の1つとして存在したシナリオだったのだろう。

 個人向けデータ通信市場はもはやPHSでは戦えない。そりゃそうだ。3GのMVNO転換は正しい。だが一方で、NS、データ端末、ハイブリ等々出す。バーゲンセールをやったり。お客様のケアを最後まできちんとできればいいが、「更生」を盾になし崩しの負担を強いてジ・エンドとなりそうだ。



 選択と集中のできない経営は、やめるべき事業をやめず、切羽詰まって事切れる。
 終了予定の情報を隠して売り続け、お客様に迷惑をかけても「予定は未定」とうそぶいてへいちゃら。
 未定なので伝える必要なし。正式決定までの間に買わせたもん勝ち。
 継続しない前提の継続サービス。



 ドコモMVNOの読経新聞報道に対し、ウィルコムは2009年1月下旬まで、沈黙した。


(2010年5月2日〜8日分まで掲載)