予告された倒産の記録 その26

不都合な真実



 未来を語る前に、今の現実を知らなければならない。現実からしかスタートできないからである。
 −−ピーター・ドラッカー



 カーライル主導の経営戦略会議で、「不都合な真実」という言葉が使われだした。アル・ゴア元米副大統領の映画で有名になった言葉。ウィルコム隠蔽体質を改め、問題解決の議論をするために、不都合な真実をさらけ出す必要がある。


 11月上旬に無料サービスを始めていたウィルコムミーティング。
 12月に入って有料になると、決して多くなかったアクセスログからユーザーの姿が消えた
 まったく見事な消え方で、データ分析担当者は市場の正直さに感心するほどだった。

 ウィルコムミーティングの何が悪かったか? 逆の質問の方がシンプルだ。何か1つでも長所があったか? 
 →残念ながら、皆無。これほど短所だらけも、珍しい。ウィルコムにいると、他社にはそうそうない珍体験ができる。

 類似の他社サービスがコケたという世間の悪印象。利用シーン不明瞭。料金高すぎ。操作性悪すぎ。やっつけ仕事が見え見え。情熱も誠実も無し。そのくせ、真摯な努力ゼロのサービスで金はしっかり取る欲深さ。どうせ失敗するから、わざとやってるのかと思うほどのていたらくぶり。


 即ち、逆のことをやれば良かった。使い易さ(操作性)を地道に徹底的に設計し、利用料金は安く(100〜300円が限度)、課金はMtgの主催者のみにし、利用シーンを明確にPRすれば、おそらくユーザーは納得し、運がよければ新しいニーズが生まれる。


 ウィルコムの組織やシステムが怠慢の高コスト体質でなく、お客様志向で採算が取れるよう、社内構造を組み立てる本気の姿勢さえあれば出来たこと。自社本位の極みで誕生してしまったのが、ウィルコムミーティングだった。

 しかし初めから期待されてないウィルコムミーティングが経営収支に与える影響は微々たるもの。その失敗の経緯は、組織の根深い問題を孕んでいたが、「不都合な真実」として伝えられることなく、またしても、お得意の「なかったこと」箱の中へ、放り込まれたのだった…



不都合な真実」で語られたこと。
 →とにかくもう借金で首が回りません! 次世代PHSなんてとても無理! だけど免許剥奪になれば、企業価値が地に落ちまっせ。


 他には? 
 →ありません!(経営数値を作る経営管理部に、日常的に都合よく数値を操作させているなんて、とても言えない)



不都合な真実」で、決して語られなかったが最も明らかになったこと。
 それは、ウィルコムという会社は、力づくでもない限り、どこまでも身勝手な保身根性にとらわれて、ごまかし続けるということ、でしかなかった… 



 ひょっとしたら、キクガワ氏の後、社長になったクボタ氏が就任1カ月と経たず事業再生ADRを行ったのも、経営数値の小細工を排するため、外部監視の強化が、理由の1つだったのかもしれない。

 クボタ氏は社長就任前から、社外アドバイザーとしてウィルコムの経営に関わっていたのだから、経営数値の胡散臭さに漠然と勘づいていたとしても、おかしくないだろう。これはあくまで推測だけれど。



■ 嘔吐


 三つの頭の1人、技術部門トップのチカ副社長が、ふらりとサービス開発本部へ現れた。テラダ副本部長と話し、シモム次推室長と話した。次世代PHS以外の、BWAライクな高速化技術について。

 新しい話ではない。PHSには搬送波や回線を束ねる方法で高速化させる技術がある。一部はマルチリンクとして実用化済。

【用語解説】「マルチリンク」……PHS回線を単純に束ね合わせ、速度を2倍、4倍、8倍、と増幅させる技術。アンテナ数や電力消費も倍になるのが課題。イメージとしては、ドラゴンボール界王拳みたいなもの、かな。 

 チカ氏はもともと、無線LAN技術と混血の次世代PHSよりも、純粋な現行PHSを高速化させる方向に強い関心があった。

 2.5GHz帯獲得のため、2007年は次世代PHSをPRしたが、2008年9月にはメディアの取材に対し、現行PHSの高速化を積極的に語っている。その内心は、次世代PHSとの共存、といいつつ、失敗した時の布石であり、PHS技術を純粋に後世へ残すための道作りだった。

 現行PHSの高速化にしても、金はかかるし、政治的技術的課題もある。はいそうですかと次世代PHSから鞍替えできるわけではないが、チカ氏とシモム氏のひそひそ話を側で聞いたサロ氏は、トイレの鏡に映った自分を、急に若白髪が増えたように感じた。


 次世代PHS事業立上げの実態をそれなりに知る者からみれば、現行PHSの高速化推進を公に唱えだしたチカ氏の言動は、次世代PHSへ引導を渡すに等しい
 やっぱり、本当に、もうどうしようもないのか… 次世代PHSは… 

 現行PHSの高速化。消費電力の問題等が解決したところで、WiMAXLTEのように何十メガにもなるわけじゃない。しかし、個人的にはサロ氏も、現行PHSの高速化でいいんじゃないの、と思っていた。


 最高(ベストエフォート)で○○メガ出ます、とカタログに載せる。いわゆるカタログスペックの競争。通信業界の悪しき慣習。実際は出もしないくせに。くだらないよなあ。 


 ベストエフォートで負けても、実際の速度をそこそこ確保できるNWにして、高速いらずのニーズに応えればいいだろ、PHSは。そう思っていたのだが、鏡の中のサロ氏の顔は、げっそりして見えた。


 なに、やつれてんだ、俺は… 上の人間や会社が何をしようと、次世代PHSがどうなろうと、まさか会社が潰れるわけじゃない、俺には関係ないこと… 


 この会社にしばらくいると、誰もが自分本位になる。守備範囲を小さくし、なるべく心安らかな会社員生活にしたい。無力は、権限と組織構造と社風のせい。適度に流されていればまあまあ順当に出世できそう。仕事に期待はしない。それがサラリーマン。誰だってそうしているはず。


 考えない。戦わない。受け入れる。諦める。割り切るのは、得意。他の会社でやっていける自信は、まったくない。ここにしがみつくしかない。それでも、十年以上いてもこの会社のやり方に、反吐が出そう、というか、やりきれないときが、ある… 


 今後、次世代PHSは、単なる誇大広告に成り下がる。世間の眼前に、幻の人参をぶら下げ、ウィルコムの経営陣や上級管理職は、自分の地位と報酬のためだけに、世間を騙し、お客様を騙し、社員を騙し… 


 嘘がばれたら退職金を抱えてトンズラ。「騙したわけじゃない。頑張ったが足りなかった。能力がなかった」と言い逃れ。恥をさらせば許されると思っているから、そもそも、まっとうな努力をしようとしない。真摯に。誠実に。徹底的に。その言葉の意味さえ、知らないのではないか。


 そういう人間たちから給料を貰う立場の自分に… いや、考えるな。俺は悪くない。俺のせいじゃない。騙すと思うからいけない。妄想。俺は何も聞いてない。すべては、予定通り、順調に進んでるんだ。


 想像しない。目先のことだけを見る。
 サロ氏は、目の前の鏡を見た。
 若白髪とやつれた顔は近頃の不摂生のせいだろう。まいったな、明日久々の合コンなのに。
 と思ったら、急に込み上げて、ヴエェェェェェ〜〜〜〜〜っと胃液を吐いた。



 きたねえなあ、俺。



 トイレには、サロ氏しかいなかった。吐いたせいでか、涙が出た。


(2010年5月8日〜9日分まで掲載)