予告された倒産の記録 その27

■ 自分騙し


 サロ氏のように、一時的にせよ良心の呵責を感じればまだましで、騙しの仕事を、話術の腕の見せ所と、得意気になる者もいた。
 

 SIコンサルから転職で来たヒレバ氏は、威厳を装うための伊達メガネをいじりながら、2才年上の部下のナガラ氏に話す。もし明日、アラブの石油王がウィルコムのスポンサーになってくれたら、すべては順調にいく。その前提で話せばいいんだ。そうすれば何も騙したことにならない

 MVNOパートナー開拓担当のヒレバ氏とナガラ氏は、2.5GHz帯の免許剥奪リスクを避け会社の体面を守るため、MVNO候補企業に対し、次世代PHS事業立上げの順調さを大袈裟にアピールし、うまそうな幻の人参をぶらさげまくっていた。

 信じること。とヒレバ氏は続ける。俺達は与えられた仕事をやるのみ。この会社のやり方に文句があるなら今すぐ辞めればいい。経営陣は頑張ってる。俺達はそれを信じるしかない。明日、数百億の大金が降ってこないとは、誰にも言えない。


言えるでしょ。降ってこないよ
 ナガラ氏は思うが、黙ってる。
(それに、経営陣は何を頑張ってる? とてもそうは見えない)
 それを言えば、「君にはわからないことだ」と見下されて終りだ。ヒレバ氏は虚栄心の強い上司。少しおだてて、後は黙っているのが一番。


 法人営業の経験あるナガラ氏だが、口がうまい方でないことは自覚していた。謙虚にみて、ヒレバ氏の営業は新鮮で勉強になったので、完全におだてているわけでもなかったが、ふと気づくと、自分はこの上司におべっかを使ってるな、と感じることがしばしばあった。きっと、半分呆れてもいたからだろう。


 信じるは美徳。人はその言葉に頼りやすい。しかし、信じるは麻薬。思考停止の盲目を強いる。楽で、一見おだやかで、無自覚無責任
 数百億の金が、ある日突然降ってくることが事業計画のようになっている会社。そう思うと、あまりにばかばかしくて笑ってしまいそうだ。


 ヒレバ氏は、たまに前職のSIコンサル時代のことを話した。
 部下に仕事のまったくできない女性がいた。社長の愛人だった。仕事を教えたら彼女はノイローゼになった。社長との関係がこじれたらしい。ひどい職場だったが、管理職としての経験を積んだ。マネジメントには自信がある。

 なぜそれがマネジメントの自信になるのか。ナガラ氏は聞き流して話題を変えた。
 フレビズ社というところが、次世代PHSに興味を持っている。

【会社説明】「フレビズ社」……フレビズ・ネットワーク社。データセンターの会社。「XING WORLD」(別名x-i)という仮想空間ビジネスを企画。ドコモのMVNOも検討している。

 ヒレバ氏とナガラ氏は、道路を挟んで斜め向いビルにあるフレビズ社へ出かけた。なかなかの好感触。よし! 次世代PHSは順調、順調順調! ヒレバ氏は訪問先リストにフレビズ社を連ねた。リストの数が増えるほど、自分の仕事の成果としてアピールできるに違いなかった。


 営業には、厚化粧を施した商品をアピールする方法と、商品を売る人の、つまり、正直な人間性をアピールして信頼関係を築く方法がある。後者の営業ができる人は、貴重だと個人的に思う。


 正直な人間性とは何か? 何でもかんでも話すことじゃない。
 それでいて心の深みにある正直さの光を、相手に感じさせること。想像力を働かせ、誤解の予防に配慮する。その道の先を目指す人は、たぶん仕事が面白いのではなかろうか。



 正直に心をひらく、とか、部下を思いやるなんてどうやったらいいかわからない男、ブワウク事務局長のアサバラ氏は、タケミ氏と交代した部下のツヅキ氏に、早くもぶちキレていた。

 ヨーロッパ育ち、元プロテニスプレーヤーのツヅキ氏は自由人だ。語学力を買われてウミナガ氏と共に国内外を出張していた時はよかったが、デスクワークが大の苦手。というか、30才ながら新人のため、やったことないことは当然できない。

 女の部下には下心で厳しく、男の部下には権威を見せつけて厳しいアサバラ氏。どちらも尊敬されたい渇望の裏返しだが、失敗する。タケミ氏の前例があったせいもあるが、ツヅキ氏は、半ば直感でアサバラ氏を警戒するふしもあった。

 ツヅキ氏に対するアサバラ氏の態度 
 → 指示する。教えない。怒鳴る。けなす。呆れる。放置する。呆れる。呆れる。放置する。陰で「仕事もできないくせになんだあいつは!」と吹聴する。「日本語わからないんじゃないか?」と言う。

 アサバラ氏に対するツヅキ氏の態度 
 → 指示される。質問する。怒鳴られる。黙る。何か言われる。「はい」と言う。けなされる。黙る。何か言われる。黙る。怒鳴られる。黙る。ときどき「はい」と言う。言うだけ。 

 ほどなく、ツヅキ氏は自席でのようになった。タケミ氏はときおり気の毒そうな視線を送るが、自分のリハビリで精一杯だし、アサバラ氏の隣はババを引いたような、まるで罰ゲームの席だ。二度と近寄るのも嫌だった


 ブワウクのアシスタントは、もう1人、入社3年目のココムラ氏がいた。ココムラ氏は次推室の庶務業務なども抱えていたが、ツヅキ氏が岩になってしまったので、アサバラ氏はブワウクの雑務を全部ココムラ氏へ投げ出した。

 ココムラ氏は、次推室へ異動する前にいたルーティンワーク系の技術部門を、何の活力もない墓場だと思っていた。あそこに後少し長ければ転職サイトへ登録するところだった。二度と戻りたくない。念願の企画部門。どんな仕事、期待にも応えたいと思っていた。


 何でも来いというココムラ氏の入社3年目の覚悟に、アサバラ氏の容赦ない仕打ちの涎が垂れる、冬。
 しかし、ときすでに、ブワウクは(雑務の山に埋もれてはいたが)意味ある仕事を失いかけていた。

 有識者とのブワウクMtgは形骸化。アサバラ氏のスキル不足を補うはずだったコンサルのクロマロ氏は、ウィルコムへの出資を打診できる企業探しという新しい役目をキクガワ社長に貰い、バキンゼほどではないが、コンサル報酬をUPしていた。

 キクガワ氏とクロマロ氏のどちらが言い出したかは不明だが、クロマロ氏は経営陣を連れてインドへも飛んでいる。なぜ? インドの通信会社は金持ちだから。事業提携の適合性を二の次にして「金ありき」であちこち行っても、うまくいくわけがない。結局、単なる旅行で終わった。 


 ブワウクのもう1人のサポート役、電王堂のタナカ氏は、NTTGとのMtg用資料の作成に、頭を痛めていた。前回のMtgで、NTTGはウィルコムと電王堂のパイプに期待していた。ウィルコム経由で電王堂を動かし、電子ペーパービジネスで手を組みたいという感じだった。

 NTTGが考えなしに電王堂に直接打診して(どの部門に当たったか知らないが)、マズかったからウィルコム経由でって、そんな無茶な! けど、電王堂の上層部を動かせそうなニュアンスを、その場の勢いで匂わせてしまったのもタナカ氏だった。


 NTTGの経営企画部担当部長とのMtg
 ウィルコム側メンバーは、アサバラ氏、マシタ氏、クロマロ氏(コンサル)、タナカ氏(電王堂)。
 資料を作ってくる予定のタナカ氏は、遅刻していた…


(2010年5月9日〜16日分まで掲載)