予告された倒産の記録 その28

■ うそホンキ


 NTTG側は、当初からアサバラ氏に対し、ブワウクの活動や事務局長の肩書きを褒めたてた。
 ブワウクの活動、といっても、何もない。設立時に集めた会員企業の数を、「すごいですねえ」「調整が大変でしょう」「責任ある仕事を任されて」と、あえて何度も褒めるくらいしかない。

 歯の浮くお世辞は、率直さを好む人には逆効果だが、虚栄心の強い人には効果的だ。
 アサバラ氏の食らいつき、というか、過剰な反応にNTTG側は内心驚いたのではないだろうか。アサバラ氏は1のお世辞を10にも20にも膨張させて、多少の苦労話をさも大袈裟に披露した。

 NTTGにとって、後処理の仕事なのだろう、とマシタ氏は思った。
 11月にウィルコムは稲盛さんを担ぎ出してNTTGのトップと出資交渉し、決裂した。その余波もある。断りの常套句「共同事業があれば…」を、誰も真に受けてないくせに、形ばかりでも動く人間が求められるから、組織は不思議だ。

 ただ断られた、では体面が保てない。経営陣が動いたのだから、少なくとも案件が生まれなければならない。それで下の者が動き、やっぱりダメでした、となれば、経営陣の体面が保たれる。断った側も、相応の礼儀をつくしたことになる。 な・ん・だ・そりゃーーーっ!! 

 ソレガ社会ヲ知ル大人ノ振舞イトイウモノジャ。(誰?)。やっかいなのは、大人物のトップが自らの体面をそのように意識しなくとも、部下が勝手に気をまわして余計な配慮をしてしまうケースが、多々あることである。

 もちろん、場合によっては真に「共同事業があれば」ということもあるだろう。今回は、有名企業間の巨額出資というケースであり、一般論ではない。また、キクガワ社長が大人物でないことも明白であり、まさに体面保持の儀式色が強かった。


 NTTGの経営企画部担当部長を相手に、アサバラ氏はまるで大物のように振舞った。ブワウク事務局長、といってもウィルコムでは課長ですらない。いや、肩書き云々より、彼の態度は似ていた。誰に? バキンゼのスズキ氏。アサバラ氏は「我々」という言葉をやたら連発し、社長代理のように振舞った。


 アサバラ氏が、あの不毛なバキンゼMtgで学んだこと。ハッタリのきかせ方。たぶん、彼なりに緊張した裏返しだったのだろう。が、よくNTTG側が怒らなかったものだ。クロマロ氏は沈黙していた。マシタ氏は、NTTGの厚化粧な笑顔から目をそらせた。


 ようやく遅れてやって来た電王堂タナカ氏が用意した資料は、表紙を抜いてたった1枚。
 そこには電王堂の役員と上級管理職の顔が、免許証写真のように並び、役職名が書いてあるだけ。しかし、表紙には「Eペーパー・ビジネス構想(仮)について」と書かれていた。

 タナカ氏は、顔写真を指差しながら、電王堂社内の力関係(パワーバランス)について話し出した。簡略すれば、デジタル事業に野心的な勢力が複数あり、主導者を決めるまでしばらく時間がかかるということだった。

 そうでしょうそうでしょう、とNTTG側は頷いた。お互い大きな組織ですからねえ。ではまた進捗あれば、そのとき改めて、ということにしましょうか。
 …それで、電子ペーパービジネスでNTTGから100億せしめるプロジェクトは、あっけなく終わった


 Mtgでクロマロ氏とマシタ氏は一言も喋らず。タナカ氏はその場をしのぎ切った! という表情。一人、アサバラ氏だけは、帰社途中やけに沈み込んでいた。まさか、あんなやり方で本気で100億取れると思っていたのか、とマシタ氏は思った。本気は大切だが、それにしたって…

 本気といえば、聞こえはいい。だが、カミカゼ特攻じみた思考停止は、決して「本気」ではない。玉砕の覚悟も、決して「本気」ではない正しい努力をしようという、強い意志と謙虚さの欠如でしかないのだが、安易な「本気」による正当化は、社風でもあり、本当にやっかいだった。


「本気だよ」「本気でやってました」「本気だったんですが…」といえば、皆黙る。それ以上追及されない。「本気」は便利な言葉。何度も使い、「本気」の本来の価値を貶める。本気で本気だと自分に思い込ませる。結果、仕事の具体的な進め方の議論や問題点はずっと放置される社風。


 うそホンキで、お客様も総務省も、自分の良心すら、騙すのだ! ああ…なんてタチが悪い… うそホンキと無自覚の演出。まっとうな努力って何?(努力してるけどなあ) これ、ウィルコムの社風なり。たぶん、他の倒産会社でもよくある社風ではないだろうか…



ウィルコムミーティング


 ブワウクの電子ペーパープロジェクトは、12月末までに形にならなければNTTGとの交渉打ち切りということで、事実上の終了。ブワウクの業務から自由になったマシタ氏を、不幸な子、ウィルコムミーティングが待っていた。


 10月にテラダ副本部長のサンドバッグ役として担当部長へ昇進したツミオ氏の後任に、オヒデ氏がアプリケーション担当のグループリーダー(GL)になっていた。オヒデ氏は、ウィルコムミーティングを担当していた。

 中途入社3年目のオヒデ氏は、ウィルコムミーティングに何の思い入れもなかった。成功するとは思えないが、歯車に徹するのが自分の役目。他社の先行類似サービスが失敗した? この料金じゃ駄目? そんなこと、俺じゃなくテラダ副本部長へ直接言ってくれよ。俺は言わないけど。

 せっかくGL(課長級)へ昇進したんだ。ツミオさんだって、上司のサンドバッグに徹しているから担当部長になれた。ある大手メーカーでは、幹部の退社時に、部下がスリッパを脱がせて靴を履かせるとも聞く。俺だって、それくらいできる。それくらいはやるさ



 人は、他の者がどのように報われるかを見て、自らの態度と行動を決める。仕事よりも追従のうまい者が昇進するのであれば、組織そのものが、業績のあがらない追従の世界となる。by Drucker(たぶん)  



 また、ウィルコムでは、端末やサービスを誰かが一貫して(責任もって)面倒見るということがなかった。リリースし、たらい回し。分業制だが、丸投げのコミュニケーションなし。改善の権限もなし。すると、何が起きるか?

 失敗サービスの不毛な業務をたらい回しにすると、関わった社員は自分の仕事なので、その失敗ぶりを甘やかす。改善の意欲があったとしても、上司の顔色を伺い、ひっこめる。割り切って淡々とやる。そうして、失敗は検証されず、共犯者じみた集団意識でもって、蓋をされる。

 さらに、与えられた仕事を淡々とこなせば、成果を出さずとも評価される。D4や03で大失敗したにもかかわらず、スミジ氏はデータ通信企画室長へ昇進した。大きな成果を出したにもかかわらず、ヤツルギ前社長は更迭された。成果はむしろ凶。歯車に徹し黙ってやるのが吉


 最初からボロボロにせよ、ウィルコムミーティングの一応のリリースはオヒデ氏がやった。後を誰に引き継がせようか。ツミオ氏とオヒデ氏は、マシタ氏が適当と考えた。電子新聞やブワウクとかやってるようだが、よくわからない。きっとヒマだろう。

 テラダ氏もそれでいいと言った。マシタ氏は前にドコモMVNOの業務を断った。ブワウクの業務がなくなったならヒマだろう。電子新聞の件も何の成果も出てこない。ウィルコムミーティングでもやらせておけ。

 ツミオ氏とオヒデ氏はマシタ氏に質問した「電子新聞の進捗は?」。答えに詰まったところでウィルコムミーティングの業務を指示する作戦だったが、当てが外れた。10月に大手新聞社とコラボして地下鉄駅構内での実証実験を始めました。報告したと思いますが… 

 それと、別の大手新聞社と、03やD4端末へ電子新聞コンテンツを配信するソフトウェア開発の話も進めています。ほかには、新聞社の全国紙、ブロック紙、県紙数社とコンタクトがとれ、共同事業のパイプ作りをしています。…ええ、忙しいですね。いくらでもやることがあります。

 それでも、オヒデ氏はウィルコムミーティングの話をした。


「これはオヒデさんが思い入れがあって立ち上げたんじゃないですか? 成功させるまで面倒見たいんじゃないですか?」とマシタ氏。
「いや、とくに、そういうわけでは…」とオヒデ氏。


 マシタ氏は断らなかった。が、疑問を投げた「正直に言って、ウィルコムミーティングは失敗だと私は思っています。そういう人間にやらせていいのですか?どうしてもというなら、操作性と料金体系にメスを入れられますか? それができるなら多少はやりようがあるかもしれません」 

「もちろん提案はしてもらって構わないが…」とツミオ氏は言った。が、考えた。このマシタというのは、テラダさんの指示も断るような、組織秩序を乱す男だ。それに、ウィルコムミーティングはもう予算がないし、良い提案でも抜本的な変更は実現しないだろう。

 リリースしたばかりだが、すでに後処理の業務なのだ。そりゃ、金をかけず多少のプロモーションはする。ただそれだけだ。焼け石に水でフェードアウト。そういう業務であることがわかってないマシタ氏にやらせると、変なトラブルが起きるかもしれない。それはマズい。

 結局、ウィルコムミーティングは引き続きオヒデ氏の業務となった。


 オヒデ氏は自分で立ち上げたサービスだが、いい迷惑だ。サービスの失敗が自分の評価に影響しやしないだろうか… 俺のせいじゃないのに。手放したつもりのババが戻ってきたような気分だった。



 マシタ氏に指示しようとして断られたドコモMVNOの業務を、テラダ氏はオヒデ氏に指示した。
ウィルコムミーティング終わって、ヒマだろ?」と。
 ウィルコムミーティングにげんなりしていたオヒデ氏は、これ幸いと、ドコモMVNOの業務に取り組んだ…


(2010年5月16日〜19日分まで掲載)