予告された倒産の記録 その14

■ オープンドアポリシー


 曇天続きの内容ですが… つぶやきながら気づいたのは、ここまでのデフレな積み重ねがないと会社というのはそう簡単に倒産しないものだ、ということです…

 でも、ハニービーが売れましたね。もう少し後で触れる予定です。 

【news】日航、リストラ前倒し」「1万6400人減を1年で」(4月7日の日経) → 会社更生法の重み。乱脈放漫経営で倒産したことの罪。


【豆つぶ】
 ウィルコムには「オープンドアポリシー」というものがある。
「いつでも(心の)ドアをあけて、階級こだわらず当事者同士で話し合っていい仕事をしましょう」という意味。
 が、社員は皆、これを「建前」だと思ってる(実際に「建前」なんですが


 だから、誰も真正面から話をしようとしない。まるで「真正面」は罠か何かのように感じ、傍流のやり方に終始する。そういう仕事のやり方が染みついてしまっているから、社内はいうまでもなく、社外交渉も変なふうにこじれる。

 傍流、とは、仕事分野以外で相手の弱みを探したり、有無をいわせない圧力をかけられる方法を探したり、といったことだ。

 なぜこんなことを呟いているかと言えば、ウィルコム社員1名が、このツイートに対し、色々と画策しているというネタが入った。そういう人のためにわざわざ連絡先のメールアドレス(willcomreal@gmail.com)を公開し、ドアを開いたのだが、その人はこちらへは何も言ってこない。

 そのかわり、ツイッターのIDを作り、「willcomrealが誰か知っている」とし、嘘を並べたてて便乗、もしくは煽るという陰湿な手段に出たが、心あるフォロワーから突き放されたり、誰にも相手されなかったため、どうやら圧力をかける方法に切り替えたもよう。

 このツイートの方針は、今のところツイッターのルールに抵触していませんが、はたして運営会社がどのような判断をするか? フェアな運営ならば「メアドも公開してるし、まずは当事者同士で話し合ったら?」となるのが良心的なメディアに思われるが、あるいは有無をいわせずアカウント停止になるか。

 既存メディアの脱却進化として注目される新しいメディアの「ツイッター」。どのようなルール運営をするのか? 思わぬところから話が面白くなったので、経緯報告をツイートしました。これこそまさにリアルタイム。

 現在は、何の連絡もありません。少々様子見です。もし強制停止された場合は、すでにツイートしてありますとおり、名前を変えて、「フィクションとして」、続けます。 

 それにしても… 妙な画策をしている暇があったら、
 会社の現状、社会にかけた迷惑を真摯に受け止めて、もっと誠意ある仕事をしろよ
 と、言いたいものですナ、マッタク。
【豆つぶ終り】  


【news】「ナイキがウッズCM解禁」「何か学んだか?http://www.47news.jp/CN/201004/CN2010040801000216.html
ナイキさん、ぜひウィルコムのスポンサーに!!


【豆つぶ(続き)】ツイッターでwillcomrealを煽ってむやみな誹謗中傷をしたウィルコム社員さん、あわててアカウントを削除されてますが、データは保存してありますぞ。ご留意を。

 早期退職募集がいつ始まるか、事実上の整理解雇なのか、という心理状態で日々過ごす中でのストレス発散だった、のかもしれませんが。



 桜のはなびらが、晴天の川面をいちめん埋めつくしている。ミルキー・リバーだ。
 近寄って眺めると、大きな動物の皮ふのよう。



■ 自称ダイナマイト男、空回り、無自覚ゴッコ、 ……おまけ(更生への光 「だれとでも定額」)


【前回のあらすじ】テラダ副本部長は、消極的な反抗をするシモム室長を飛び越し、部下のマシタ氏に電子新聞に関する業務指示を出した。同じとき、バキンゼMtgに出なくなったタソモト氏へ、ウミナガ氏が笑顔で話しかけた。「あれ、君もMtg出ない組になった?」


 タソモト氏は、バキンゼMtgをウミナガ氏のように外されたわけではなかった。
 ウィルコムの株式上場や資金調達のための資料作りを経営陣に指示されたためだ。
 が、それを口実にしてこれ幸いとタソモト氏はバキンゼMtgから遠ざかった。あのMtg時間の無駄以外の何物でもない。

 ただ、ウミナガ氏の奇妙な満面の笑顔に対し、自らMtgを外れたと言うのはうまくないようにタソモト氏は感じた。
 上場関連の仕事も黙っていた方がいい。適当に話を合わせていると、ウミナガ氏は言った「俺はこう言ってはなんだが、ダイナマイトだから!」。「は?」


 ウミ 「本気になればあんなもんじゃない。世の中ひっくり返る。少なくとも大炎上になる。だから言わずに黙っているけどね。大人だから」
 タソ 「はあ、それでダイナマイト…」
 ウミ 「そういうこと」

 タソ 「どうしてウミナガさんはそんな情報を?」
 ウミ 「そういう情報網があるってことで。こちとらダテにマスコミを長くやってるわけじゃない」
 タソ 「はあ、マスコミですか…」


 自席へ戻っていくウミナガ氏の背中を眺めながら、タソモト氏は思った。
マスコミオタクの自称ダイナマイト男
 ああいう人に情報を渡すのが一番危険だ。注目されるために何でもやるタイプ。黙っていて良かった。これからも気をつけよう…


 2008年度中、ウィルコムは秋を目途に上場準備を進めていた。
 社員たちは知っていた。「上場できないらしい」という噂も、夏にはリアルな重みを増し始めていた。

 経営陣は、アポのとれた(金がありそうな)企業を密かに訪問した。鉄道、金融、不動産、コンビニ大手など。その度に、同じ話が繰り返された。「何か共同の事業でもあれば(出資も)検討しやすいんですがねえ」

 その度に、タソモト氏の資料作りは増えた。「先方が金を出したくなる共同事業を考えろ」。そんな無茶な。時間もないし不得手な仕事だ。作って出すと、シモム室長は社内調整が難しいから、もっとそうする必要のないものを、と殿様的な注文をつけてくる。

 次世代PHSの技術的課題も、解決の見通しさえ立たないものが山積み。そんな状態でありながら、次世代PHSを社外へ大きくPRし、出資を得ようとする。社内と社外で次世代PHSにできることの認識がズレているのだから、共同事業なんか企画できるわけがない!


 珍しくタソモト氏は上司に対してキレた。が、慣れないことなので、意見をするにも、どもった口調になってしまう。
 後で、同じく傍で聞いていたサロ氏に、シモム氏は言った。「タソモトさん、彼、ちょっと話し方が変だね。何言ってるかわからないというか。帰国子女だからかな

「キャプテン事件」のときに、うちには優秀な中堅若手社員がいない、と言ったキクガワ氏と同じ考え方だった。
 事業やお客様は二の次。責任転嫁のことしか頭にない。
 ウィルコム流? いや、ダメな会社の典型的事例だろう。


 出資交渉は空回りを続けた。
「何か共同事業を」という宿題だけが次推室へ落ちてきた。しかし、それは先方が出資を体よく断るための方便であると、経営陣もシモム室長も思っていたため、やっつけ作業のようになった。

 それに、次世代PHSは社外どころか社内にも言えない課題だらけ
 そこで出てきたのが、「次世代PHSを視野に入れての、ひとまずは現行PHSを使ったサービス」という論理展開だった。 

 この(ヘリクツ)論理、苦肉の策は、社内調整の際や社外への商談コメントとして、社員の間でメジャーになってゆく。
 というか、もはや、それしかなかったのだ。


 次世代PHSの夢を語り、大言壮語だとしても、それ自体を直ちに悪いとはいえない。
 問題は、夢の実現へ向かう真摯な姿勢があったか。そのままでは大惨事になることを、見ザル聞カザル言ワザルの殻にこもり、批判と責任を恐れ、志なく、逃げ道探しで頭がいっぱいでなかったか。



 道に落ちていた1万円札を、悪いと知りながらネコババするのは凡人。
 自分が落としたと自分に思い込ませてネコババするのは悪人

 嘘をつかなければならない立場でも、その内容を正しいと自分自身に思い込ませれば、嘘でなくなる。ボクハ嘘ヲツイテイナイ
 別の言い方をすれば、ポジショントーク… 立場が変わればものの見方も意見も変わる。
 そういうものだから嘘をついたと言われても、こっちにそんな自覚はない



 無自覚を装う責任逃れの姿勢。 (ドドーーーン!!!)



 それが「悪人」と言われてもしかたのない、根深い意識の問題。
 稲盛さんや前原国交省が言うまでもなく、世間が注目しているのもまさにその一点。
『抜本的な意識改革』 
 一切のごまかしなく、きちんと問題点を洗い出し、覚悟を決めて改善できるか? そのために何をするか?



 被害者意識を膨らませて、世間が悪い、環境が悪いと批判するばかりでなく。

 謙虚に、虚心坦懐に、耳と目をひらいてはどうだろうか。さすれば、問いかけてくれる人もいるはず。「何か学んだか?」と。


 きっと、孫さんが…  (どどーーん!)


 建設的な代案を示せずに批判ばかりする人は、生涯リーダーに成れない。なってはならない。

 私は、あらゆる批判を有難く受け止めたい。それは、私を鍛えてくれるから。−−孫正義


 純減続きなんのその。PHSは300万ユーザーを下回ったこともある(そのときの社員数は今より少なかったけれども…)。変われれば、今がチャンスの時。 




【news】ウィルコム沖縄、国内通話定額のオプション」「だれとでも定額http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/1004/09/news079.html 


【news考察】
だれとでも定額」。なぜ沖縄だけ? テストマーケティングか。テストマーケティングとは全国を対象とする前に中規模の商圏でお試しリリースし、顧客の反応をみようというものである。消費財やお菓子等でよく使われる手法であり、名古屋、札幌、横浜あたりで行われる。なぜ沖縄で? もう一つ思いつくのは、ウィルコム沖縄ウィルコムの子会社ながら、会社更生法の影響を受けないという立場にあるらしいこと。 

 公的資金を注入されたJALダンピング(安売り)の注意を国から受けた。ウィルコムも通話割引のダンピングをやれば、同様の注意を受ける。公的資金の融資の話もなくなる恐れがある。 

 そりゃそうだ。税金を投入され、安売りをしてユーザーを獲得する。競合会社でなくとも、変な話だと思う。市場主義も公平競争もへったくれもない。では、「だれとでも定額」は果たしてダンピングか?

 ダンピングといわれる可能性がある。だから沖縄でやる。ウィルコム沖縄なら会社更生法の影響を受けない。つまりダンピングと指摘されない。親会社のウィルコム公的資金の融資を受けられる。という筋立て。

 その筋立てが世間一般に通用するかはともかく、「だれとでも定額」、オプションでなければいいのに、と思う。変な条件をつけて敷居を高くしているのが残念。それさえなければ、「24時間通話無料」以来の、大ブレイクになるのではないか。 

 沖縄でブレイクすれば、当然、本土でも、全国展開! という話になる。が、それをやればダンピング公的資金の融資断念。が、「だれとでも定額」は全国でも間違いなくブレイクする。莫大な顧客を抱える競合他社が簡単に真似できないサービスでもある。

 かつてのソフトバンクホワイトプランのように、あるいはそれ以上のインパクトでユーザー数が右肩上りになれば、銀行団や投資会社も態度が変わる。ウィルコムさん、もっとお金貸しましょうか、となる。まっとうなビジネス、健全な会社経営のあり方が見えてくる。

 ところが一つ大きな問題が。「だれとでも定額」は、おそらく他の通信事業者等へ支払う接続料や通信料をウィルコムが負担する仕組み。ユーザーが増え過ぎたら、増えれば増えるほどウィルコムの負担も重くなって困るのだ!

 だから大ブレイクされたら困る? それよりは沖縄限定に留め、確実に公的資金の融資を受けたほうがいい? ここは経営判断の腕の見せどころだ。

だれとでも定額」は、ウィルコムが極めて珍しく、本来の正しい道へ戻ってきたように思える。全国展開は正攻法だ。

 課題があるからといって止めてはいけない。正しき道の途上にある困難は、道を引き返すべき壁ではなく、乗り越えるべき試練にすぎない。

だれとでも定額」がブレイクして、ウィルコムの負担が増えるなら、構造を変えればいい。業界のルールを変えればいい。その努力をする方向で仕事をすべきだろう。

ダンピングだと? だったら公的資金なんかいらねーーーっ!! と言いたいでしょう? 

だれとでも定額」は、それができる可能性を秘めている。妙な思惑や社内論理で縮小均衡してしまわなければいいが… 

 それに、この「だれとでも定額」は、ウィルコムの若手社員とトップがダイレクトに繋がって実現したもの。そういう実例を次々に作っていくことが、社員の意識改革にも多大な貢献をする。これ、ひっそりとリリースしてますが、まさに勝負どころですぞ! クボタ管財人代理どの!!
【news考察終り】


 クボタ管財人代理……2009年8月に、キクガワ氏に替わり、ウィルコムの社長となった。他の会社からやって来た。2010年2月、会社更生手続き開始の申立てと同時に社長を退任。管財人代理となる。2010年4月10日現在、ウィルコム事業の代表執行役員でもある管財人代理。



 さて、脱線から戻ります。2008年、夏…

 次推室の新メンバの1人であるサイジ氏は、業務運用・CS(カスタマ・サポート)分野における、幹部候補の若きエースだ。


(2010年4月7日〜10日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その13

■ 学ばない組織


「ポジティブに次に目を向ける」
 とかく美徳は、ごまかしに使われ易い。
 Willcom03とD4を世に出したテラダ氏は、次の端末のことを考えていた。不出来な03とD4のことは、もう考えたくなかったからだ。

 これまでの「未成功」は次の端末で一気に挽回する。そのためには03やD4は否定できない。新端末は従来の延長上にある端末コンセプトでないと、03やD4は「失敗」だったのかと社内で叩かれる。

 お客様不在の考え方。社内での自分の体面を優先。
 ウィルコムの端末やサービスは、そうやって失敗を積み重ねてきた。

 その事実に、テラダ氏は決して目を向けようとしなかった。


 次世代PHSに関心を示した大手の読経新聞社が、電子新聞の研究予算に10億円あると言っていたのを聞き、テラダ氏は、D4を100台、実験用に買いませんかと持ちかけた。
 が、当然、話にならなかった。

【会社説明】 『読経新聞社』……経済情報を得意とする大手の全国紙。

 しかしこのとき、電子新聞という分野には資金があると考えた。電子新聞サービスをバンドルした新端末を企画すれば、新聞社の資金を端末のアプリ開発費に流用できるし、新聞社が新端末をごそっと買ってくれるかもしれない。

 そういえば、バキンゼの資料にも「電子書籍」という言葉があった。話題の次世代PHSを前提にすれば、協力会社も集めやすい。社長の言う「サービス」とやらにも応えられる。電子書籍・電子新聞サービス! こりゃおいしい話だとテラダ氏は考えた。


 電子書籍・電子新聞サービス。珍しく目の付けどころは悪くなかった。
 翌年にはキンドルが評判になり、2010年にはiPadも発売。その波に乗れていれば。
 だが、そもそもが人の金をあてにする意図のアイデアは、思いつきの域を出なかった。

 手段として人の金を使うのはともかく、それが目的化してはいけない。やはり足りなかったのは、志か… 
 お客様に良いものを提供したいという、ごくまっとうな、普通の商売感覚か…


【news】 「iPad 発売初日に30万台突破」「25万の電子書籍がダウンロード」 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20100406/346689/ 


 次世代PHSと絡めて、電子新聞サービスをうんぬん…とテラダ氏が言いだしたとき、シモム氏は聞き流した。どうせ気まぐれの妙な作業をこっちに押しつけようとしてるんだろう。

 シモム氏はテラダ氏に呆れ返っていた。
(D4や03であれだけのことをしでかして、まだスマートフォンを作るつもりかこの人は… 今は次世代PHSのインフラ整備に金が足りないときだというのに…)

 テラダ氏はシモム氏が自分の邪魔をしていると考えた。
(だから次世代PHSなんかやめりゃよかったんだ。あれさえなければ、現行PHSの方に、次のスマートフォンにもっと金が使えるのに…)


 何が問題か? 簡単である。選択と集中。基本中の基本。それが出来ていなかった。



 金がないのに、次世代PHS事業も、現行PHSスマートフォンも、やりたがった。優先順位さえ曖昧。決断できない経営陣。身勝手な上級管理職。限られた金の奪い合い。両方やると1つもろくなものが出来ない。お客様不在。成果出ず。責任の押しつけ合い。浪費浪費浪費のサイクル…

 さあ、ドラッカーさんの出番だ!!!


【言葉】組織にも違いがある。凡庸と一流の違いというよりは、学んでいない組織の違いである。



 D4とほぼ同時期に発売されたスマートフォンの03も、そんなに失敗だったのか?

 D4よりはマシだった。D4のあまりの大惨事のため、単なる失敗の03はそれほど取沙汰されなかった失敗を隠すには大失敗をしでかせばいいわけさ。 

 あらためて見れば(見なくても)、03のUI(ユーザー・インターフェース)はひどかった。反応速度も。そこだけ時の流れが止まっているかのよう。マルチタスクのくせにしょっちゅうフリーズ。採用した他社OSのせいにしていたが… 

 そもそもウィルコム端末は、かつて通話中にメール受信できないのがスタンダード。京セラの端末ではそれが「改善」された。とても便利になった、という認識。

 少し前のウィルコム社内には、PHS端末一筋マンがごろごろいた。しばらく新卒を採用してなかった。不便は慣れれば気にならない。というより、それが世間一般的に不便だという認識すらない特殊環境。
 

 これって不便じゃん! と誰かが言おうものなら、
PHSを批判するのか! 愛が足りない…」 
 少し前までは本当にそんな雰囲気も。


 03の失敗は、目標販売台数の設定値が高すぎたからだ、という、スマートフォン企画メンバ(D4企画メンバと同じ)もいた。もし、ウィルコムが日頃から高い志と目標を掲げる企業文化だったならば、その意見も弁解には聞こえなかっただろう。



 新聞社の電子新聞用の予算が、新スマートフォンのための金脈に見えたテラダ氏は、シモム氏がのらりくらりしているので、直接、シモム氏の部下のマシタ氏に命じた。電子新聞サービスを直ちに検討せよ。

 たまたま、バキンゼMtgでシモム氏が席を離れているときに、バキンゼMtgを外されたマシタ氏が自席で暇そうにしていたからだった。

 
 一方、タソモト氏も、バキンゼMtgに出なくなっていた。
 ウミナガ氏が笑顔でタソモト氏に話しかけた。「あれ、君もMtg出ない組になった?」…


(2010年4月5日〜6日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その12

■ BWAUC その2


 BWAUCのMtgの司会はコンサルのクロマロ氏が担当した。
 アサバラ氏は事務局長の面目を保つためクロマロ氏の隣に座る。自分がクロマロ氏を使っているといわんばかりにふんぞり返って。


 最初に紹介された時のクロマロ氏は、腰が低く、始終笑顔で、アサバラ氏の言うことを何でもやった。途中から、あまりやらなくなった。他の仕事が忙しいと言って。資料作りなんかは社員がやればいいんじゃないの? と言われている感じもした。

 雇われの身で何を! とアサバラ氏は思ったが、あるとき、クロマロ氏の携帯の着信記録を見せられた。IT業界の大物の名前があった。「今この人と仕事してるんですよ。プレッシャーきつくて大変です」。しょうがないので、アサバラ氏は資料作りを新人のタケミ氏へ押しつけた。


 クロマロ氏は、有識者に対し、口調こそ丁寧だが、内容は結論ありきで、Mtgを誘導しようとするものだった。
 そこを大学教授が批判し、クロマロ氏の意見は論理展開以前に事実認識が幼稚だと指摘した。クロマロ氏の慇懃無礼な態度が癇に障ったのかもしれない。

 クロマロ氏は一瞬詰まった後、さらに馬鹿丁寧に、もってまわった、意味不明の言葉を並べたてた。顔は紅潮していたが、平静を装い、まるで公家のように振舞った。プライバシー問題は難しい。本気で議論になれば、結論など出るはずがない。

 ちょうど、グーグルのストリートビューが登場し、プライバシーをめぐる問題で世間を騒がせていた。


 ところで、BWAUCは「ブワウク」と呼ばれていた。
 アサバラ氏はその呼び方を嫌い、1人で「BWAユビキ」とか呼んでいた。だって「ブワウク」は「ブサイク」に似てるし、「ブワ」は何か膨張している感じで自分の体型を言われているみたい。ブワウクの事務局長、じゃ格好良くない。


 ブワウク(BWAUC)Mtgは停滞した。プライバシー保護のルール作り。デキレースに持ち込むはずが失敗した。
 有識者たちを真正面にして、正攻法でクロマロ氏にできることはなかった。

 いちおう、根回しもしたんだけどなあ… クロマロ氏は思った。大学教授に裏切られた気分だった。ストリートビューが世間を騒がせすぎたせい?


 アサバラ氏は、バキンゼMtgが停滞していたので、ブワウクの方へ集中できるようになっていた。ところが、ブワウクMtgも停滞。あっちもこっちも形骸化したMtgばかり。いやいや、こういう形式的な儀式的なことが大事なのかもしれないぞ。

 ウィルコムの仕事が「役所的」「官僚的」と言われるのは、形や枠だけ作って中身なし、を繰り返しているからだ。ハコモノ行政にも似ている。

 ずっと業界4位なのに、そういう組織体質。ある意味では、NTTGよりタチが悪いかもしれない。自分たちは出自がいい。毛並みがいい。品がある。だから(どんなに業績悪くても)大丈夫、という思い込み。国の許認可事業である通信キャリアとしてのプライドの勘違い。

 かつては、W-SIMのコンソーシアムがそうだった。独自規格のW-SIMを作ったので、メーカーに対応端末を増やしてもらいたい。にもかかわらず、技術仕様開示にはコンソーシアムの入会が必要(年会費35万円)。結果、協力メーカーが増えず、形骸化した。


 ウィルコム、任意団体というハコモノを作るまでは得意。
 参加企業等を呆れさせ、信頼を失い、未来の幅を狭くすることはもっと得意。



 通信業界未経験のアサバラ氏は、業界知識、技術知識の不足を最初は勉強で補おうとしたが、到底やってられないことに気づいた。クロマロ氏が資料作りをしなくなったのは、困った。自分では作れないからだ。

 といって電王堂のタナカ氏は実務に一切入ってこなかった。年上なのでこちらからも言いづらい。ただタナカ氏はアニメに詳しく、そこがアサバラ氏と意気投合した。攻殻機動隊パトレイバーうる星やつらの話題で盛り上がった。

 そうだ、資料作りは新人のタケミにやらせよう☆


(緊急プチ企画)
☆☆☆ アサバラ氏の婚活じめじめ大作戦(パワハラ&セクハラ入り) ☆☆☆


 資料作りは新人のタケミにやらせよう。俺にわからないことを質問されたら、他の奴に聞けと指示すればいい。
 新人はプレッシャーを与えられて育つものだ。社会の厳しさを、まずは教えてやろう。

 厳しく接し、時にやさしく。アメとムチ。新人はそういう上司を尊敬するはずだ。
 そして、その尊敬はやがて… 厳しくされればされるほどやがて…


 尊敬以上のものに、変わる。


 に違いない。ひょっとしたら。いやいや期待しすぎるな。しかしそうなったら、タケミか… まあ、それほど好みってわけじゃないが、悪くはないかな。俺もいい歳だし、そんなに贅沢いってられる立場じゃないしな。



 傍から見ても、アサバラ氏の態度は二重人格者のようだった。
 タケミ氏に対し、ヒステリックに怒鳴り、猫なで声を出し、突き放し、趣味の話を聞き出して合わせようとしたり。


 厳しいだけで中身なく、声はやさしいが目は必死。
 

 …そんな奇怪な職場環境が、田舎から東京へ出てきたタケミ氏を襲った、試練だった。


 しばらくして、アサバラ氏は、何を思ったか、タケミは資料一つまともに作れない、使えない奴だと、シモム室長へ言いだした。停滞気味なブワウクの責任転嫁をしたかったのかもしれない。シモム氏も、何を思ったか、入社三年目のココムラ氏にも、ブワウクを手伝うよう指示した。

 が、タケミ氏は、ブワウクから外れなかった。このとき外しておけば良かった。彼女をブワウクから外すには、キクガワ社長に話さざるを得ず、当然に理由を訊かれる。シモム氏は、蓋をして黙っておきたいと考えた。だって大したことじゃないだろ。よく分からないけど。


 もう一人の新入社員ツヅキ氏は、ウミナガ氏が担当した。帰国子女のツヅキ氏は英語が堪能のため、ウミナガ氏と共に海外展示会の企画・アテンドを行い、入社早々、海外出張したり、充実した日々を過ごしていた。



■ 最後の新メンバ、初夏


 夏には、また新たに6名が次推室メンバに加わっていた。総勢17名になった。しかし、これ以降は、減り続ける一方となる。

 新メンバ6名のうち1名は、関西に妻子を残し、3年の約束で単身赴任していた。3年過ぎたところで、次推室へ異動の話があった。注目の新事業である。興味あって来たが、事業も部署も変にややこしく面倒くさそうな感じだった。それで社長に直談判し、当初の約束どおり妻子の待つ関西へ帰った。

 他の1名は、しばらくして、MVNO担当の課長と共に、経営企画部へ異動した。いよいよ苦しくなって来た資金繰りのための稼働人員になるのだと、一部の社員は噂した。

 あとの新メンバ4名。
 サイジ氏(課長級)。30代半ば。CS(カスタマサポート)部出身。新卒入社組。
 タヌダ氏。30代前半。システム部出身。新卒入社組。
 ナガラ氏。40代前半。法人営業部出身。新卒入社組。
 ヒレバ氏(課長級)。40才。前職SIコンサル。転職で来た。

 サイジ氏とタヌダ氏は「サービス企画担当」として、次世代PHSの運用業務に関する社内整備を行うことになった。ナガラ氏とヒレバ氏は「MVNOパートナー開拓担当」になった。

 次推室の飲み会が催された。
 従来メンバも、新メンバも、会社の将来を担う次世代PHSWILLCOM CORE」に期待を持っていた。
 やるぞ! それぞれが、それぞれの思いを抱き、やる気に満ちていた… 
ウィルコムコアの成功を期して、乾杯!!」



 初夏のある日。キクガワ社長の頭の中は、資金繰りの悩みで、外の気温より熱くたぎっていた。1本の電話が入った。
「社長、ドコモの新社長が就任のご挨拶に伺いたいそうです」
(ああ、そうか。ドコモは社長が変わったんだっけな…)
 NTTGとの出資交渉も、先が見えない状態だった。

「いかがしましょうか?」
「そうだな…」
(ドコモ様がわざわざご挨拶に来てくれるとは…) そのとき、キクガワ氏はひらめいた。待てよ、これは直接交渉のチャンスか。
「いや、俺が行く」
「え?」
「こっちに来てもらうのではなく俺がドコモへ行く。こちらからそちらへ挨拶に伺うと伝えてくれ!」


 ウィルコムが、ドコモのMVNOになる。水面下の交渉が、始まった。


(2010年4月2日〜4日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その11

■ BWAUC(ブワウク)


 キクガワ氏より年上の電王堂タナカ氏も、自分の定年後、もしくは早期退職して次に移れる居場所作りに、強い関心を抱いていた。
 事業化を前提とした研究会の発足。
 資金は研究会の参加企業が出してくれる。こりゃあ、自分も1枚噛まない手はない


 2008年7月下旬、「BWAユビキタスカメラネットワーク研究会」(通称BWAUC)が設立された。産学連携の形をとるため、研究会会長に大学教授、専務理事にウィルコム取締役兼サービス開発本部長のクロサワ氏を据えた。クロサワ氏にとっては、またも苦手なロビー活動系の役職だった。

「クロサワさんはいてくれるだけで結構です」とアサバラ氏。BWAUCの事務局長を名乗っていたが、キクガワ社長から直にこの仕事を頼まれたきっかけは、4月の次推室キックオフ、例の高級寿司宴会まで溯る…


 アサバラ氏は日頃から強いコンプレックスを抱えていた。女にもてないのは顔と体型のせい。根暗な性格。勝ち組になるには仕事で成功するしかない。が、アピールは苦手。チャンスにも恵まれない。このままじゃ駄目だ。ビジネススクールへ行き有名企業のウィルコムへ入った。自分は変わらなきゃいけない。

 アピールしないと! 過去に、監視カメラ販売の営業経験があることを酒席でキクガワ社長へ話した。3年間で1台も売れなかったことは伏せて。それがキクガワ氏の頭に残った。いかにも不器用で愚直そうで、虚栄心が強く何でも言うことを聞きそうな、事務仕事ができる奴。キクガワ氏が好むタイプだった。

 バキンゼMtgの仕事の傍ら、研究会立上げの話を受けたとき、アサハラ氏は嬉しい半面、不安になった。未経験の仕事。構想も大きい話。自分にはスキルがない。
「お前一人じゃできんだろ」 見抜いていたキクガワ氏は、電王堂タナカ氏とコンサルのクロマロ氏をサポートにつけた。「お前は事務局長をやれ」

 事務局長……! 
 甘味な、響きだった。偉くなったような気がした。さらに、新入社員の部下(女性!)までつけてくれた。やはり、分かる人には分かるのだ、俺の価値が。そんな考えが急にアサバラ氏の頭を支配した。絶対に掴むべきチャンス。どんな小さなミスもしないことを自分に強く言い聞かせた…


 キクガワ氏は愚直な部下を好んだ。愚直な人間こそ良い仕事をし、他人を騙さない。
 しかし、「愚直そう」に見えた人々は、社長の立場が傾きだすと離れていった。キクガワ氏をけなす者もいた。
 彼らは、自らの出世と保身根性に対してのみ正直だったのだ。仕事や人に対してではなく。
 当然に、志もなかった。


 経営者として、人を見る目がなかった。それだけのことだが。


 経営者として、最低限のモラルさえ守れなかったから、人が離れた。それだけのことでもあるが。


 薄情な部下だと経営者は言い、最低の経営者だと部下は言う。どっちが悪いか? そりゃあ経営者だ。社会的責任が重い。一般人より高いモラルが求められるから、報酬も高い。それが経営者というもの。



 アサバラ氏の部下は、たぶん男の方がいいと、シモム室長は漠然と思った。が、キクガワ社長は、女性のタケミ氏を指名した。タケミ氏は、もともとウィルコムユーザーの地方のオフ会で社長と知り合い、そのつてで入社したという異例の新入社員だ。

「アサバラさん、大分いろいろと鼻息荒いようですが、大丈夫ですかね?」 サロ氏が、ぼそっと、言った。
「まあ、社長が決めたことだ。俺には関係ないよ」 シモム氏はこたえた。



【言葉】組織は人間から成るものであるがゆえに、完全を期すことは不可能である。したがって、完全ならざるものを機能させることが必要となる。−−ピーター・ドラッカー
 
 人は誰もが個人的な問題を抱えながら働いている。
 組織の問題は、上から下へ流れ、最も立場の弱い社員を圧迫しやすい。
 新人が潰れたからといって、判で押したように当事者の個人的な問題として片付ける会社は、ありがちだが悪。


 アサハラ氏の下で、タケミ氏は耐えた。
 数カ月もしないうちに、2人の様子が異様だと、次推室メンバは気づいた。
 が、表立って話題にするのは憚られた。
 シモム室長は素知らぬふりをしていたが、事態は悪化し、約1年後にタケミ氏は、長期休暇に入った。
 人事部は、タケミ氏の社会適応力の問題として、片づけた。



 産学連携研究会「BWAUC」は、安心安全社会実現のため町中にカメラを置く。映像データを無線で管理センタへ送る。その無線に次世代PHSを使う。いきなり町中設置は難しいので、ひとまずPHS基地局にカメラを取り付けよう、というもの。

 ついでに、カメラだけでなく、各種センサも付ければ天候環境情報の収集や災害対策になる。基地局は全国に16万台もある。価値ある情報が取れる。

 監視社会になる? ウム、微妙なモンダイだ。大学のセンセイを盾にして対抗しよう。個人情報関連で有名で、かつ企業の論理に配慮してくれそうな教授はいないか?

 あと、有名なジャーナリストとか。そこは、研究会のハクになる部分だから、ある程度の依頼費はやむをえまい。…ん? 人は見つかったが、あまりこちら側に有利な意見を言ってくれる人ではない? あくまでもニュートラル、アカデミック。…まあ、他に見つからなければその人に頼むしかあるまい。

 BWAUCの理事会メンバ及び参加企業探しは、ウィルコムの取引関係だけでなく、カーライルのつて、郵政省出身のトノシタ会長の人脈、取締役最高顧問に稲盛和夫の名前がある信用と威光が使われた。

 それでいて、BWAUCの存在は、社内でほとんど認識されなかった。キクガワ社長がこそこそやっているもの。ああ、あれ、社長の天下りって聞いたけど? という認識はあった。

 数十社の企業が参加した。年会費は理事会員50万、法人会員30万円。


 BWAUCの預金通帳を見て、アサバラ氏はにやけた。
 俺の予算! 自由に使える金!!(違うけど)
 事務局長の肩書も得た☆! BWAUC用の名刺も作った☆! メディアの取材にも出た☆! 

 BWAUCの志? そりゃ社長の天下り… いやアンシンアンゼンシャカイノジツゲン、デス。
 プライバシーの侵害? ええ、そのために有識者の方々と定例Mtgでルール作りの提案を、検討シテイマス。


 BWAUCの計画。
 『STEP1』BWAUCに有利なプライバシー・ルール作り(有識者のお墨付き)
 『STEP2』技術実験。
 『STEP3』事業化。会社化。


 しかし、『STEP1』の最初でつまづいた。
 BWAUCのMtgで、有識者ウィルコムの耳にやさしいことを言ってくれなかったためである。


(2010年4月1日〜2日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その10

■ バキンゼMtg その3


 スズキ氏に向かって発言するシモム氏の声は、僅かながら震えていた。
「あのですね、私どもといたしましては、契約期間のこともございますので、もう少し進捗の方を…」
 タソモト氏とマシタ氏は顔を見合わせる。
 バキンゼに完全に飲まれてる… 委縮している…


「我々としてもですねえ!」
 スズキ氏の、ハズレコンサルぶりにも2人は驚いた。何だこいつは? 
 さらに、スズキ氏が「イービットダー」という言葉を言うと、シモム氏に顔を向けられ、それまで沈黙していたアサバラ氏が途端に反応した。
「イービットダーですね! イービットダーということはですねえ…」


 アサバラ氏。30代半ば独身。サロ氏と共にバキンゼの美人アシスタントを凝視。国内のビジネススクール卒業後、ウィルコムへ転職。経営企画部に半年間在籍し、次推室へ。ほぼ未経験だったが、次世代PHS事業の経営指標、会計指標等の数値データを担当。

 アサバラ氏は、後にキクガワ社長の指示で、電王堂のタナカ氏、コンサルのクロマロ氏と共に「BWAユビキタスカメラネットワーク研究会」を設立、事務局長を名乗るも、次推室の若手新人2名をノイローゼに追い込み、自らも仕事への執着や葛藤の中で躁鬱を繰り返し、次第に閉塞していく…

【用語解説】『イービットダー(EBITDA)』……財務指標の概念。減価償却その他償却前の利益を表すため、設備投資など巨額の先行投資を行う電気通信事業では、企業の長期的評価において、適切な指標とされた。エビータとも呼ばれる。大企業の不祥事事件以降、米国証券取引委員会(SEC)は、企業がEBITDAを公表する際は、会計基準に基づく指標を併記しなければならないと規定した。NTTドコモなどが現在公表しているEBITDAは、SECレギュレーションのものとは別物。

 しかし、エンロンワールドコムの会計不祥事事件以降、曖昧さのあるEBITDAは批判された。タソモト氏は久々にEBITDAを聞いた。それに、EBITDAはどちらかといえば各国で税制度の異なるグローバル企業向けの指標だ。ウィルコムに合うとは思えないが…

 まさか、あえてEBITDAを採用したのだろうか? それはつまり、あくまで可能性としてだが、水増し操作の容易なEBITDAを使い、財務上の様々なマイナスを隠したいということだ。粉飾目的? タソモト氏は、会議室内を漠然と眺めた。

 スズキ氏とアサバラ氏は、声高にイービットダー! イービットダー! と、互いに相手に負けじとEBITDAを連発している。

 その様はまるで、東京虎ノ門のコンクリートジャングルの片隅で、威嚇の奇声をあげて鳴き合う、珍鳥のようだった。
 イービットダー! イービットダー!


 タソモト氏は苦笑した。表情には出さず内心で。EBITDAは、聞きかじり程度の人が自分を専門家らしく見せるために使いたがる、格好の言葉でもある。アルファベットが6文字もあり、いかにも経営、財務通な感じに見える。

 ビジネススクール上りの中途入社社員と、虚勢派のコンサルが、MBAひけらかしの言葉遊びをしているだけ。EBITDA。粉飾目的の利用は、考えすぎだろう。


 タソモト氏の隣でマシタ氏は、資料をめくっていた。
 他社との競争分析の軸がたった1つ… 「通信速度」のみに限定されている。
 これじゃあ何の役にも立たない。子供の落書きだ

 携帯電話事業の市場競争力分析には、少なくとも3つの軸「通信速度」「エリア」「料金」が必要だ。3つの変数を組み合わせ、パターンを作り、予測する。基本中の基本。知らないとは思えない。そうしないのは、何か、理由あってのことだろうか…?

 理由は、あるにはあった。「決まってないから」。というか、『エリア計画』は技術部門と調整要、『料金』は目安レベルでも幹部の承認要。それをしてないから、バキンゼMtgでもまだ話ができない。とても面倒な社内調整だから時間がかかる。今回の戦略プラン策定には間に合わない。

 は? では何のための戦略プランなのか? 順序が逆ではないか。戦略策定で方針を決めた後に、社内調整で実現するのではないか?

 社内調整を優先させすぎれば、安易な方針しか出てこない。
 戦略策定Mtgなのに、決まってないという理由で必要なことを議論しないとは… それを決めるためのMtgじゃないのか?


 議論不在のウィルコムで、Mtgとは、社内調整をしたという自己満足の苦労を披露する、社内都合優先の安易な方針を披露するための、発表会の傾向が強かった。


 中途入社したばかりのマシタ氏。この時はあまり言わなかったが、後に、次世代PHSのブランドネーム発表の時期について意見したことで、バキンゼMtgから外される。
 自席にいると、ウミナガ氏が笑顔で話しかけてきた。「あれ、君もMtg出ない組?」…



WILLCOM CORE


 2008年5月26日、次世代PHSのサービスブランドネームが「WILLCOM CORE」に決定と公式発表。
 本格サービス開始予定より約1年半、試験サービス開始予定より約1年も早い異例のディスクローズ。
 PR戦略は、何もなかった。

 ただ決まったから、すぐに発表した。次世代PHS事業は着実に進んでます。ブランドネームも決まりました! と言えば、銀行団の受けが良くなったのだろうか? まさか! ネタになるものは即座に出さざるを得ないほど、すでに台所事情が苦しくなっていたか。

 WILLCOM COREという名前は社内公募で決まった。最初の案は「XGP」だった。次推室のサロ氏の考案。neXt Generation Phsの略。キクガワ社長とトノシタ会長が「オタクな名前だ」と反対した。それで社内公募となった。

 ご存じのとおり、WILLCOM COREはその後、意味が変わり、次世代PHSをさす名称としてXGPが復活した。なぜか、eXtended Global Platformの略に。サロ氏は名称の考案者として社内表彰された。これ、事実は小説より奇なりの、笑い話。




 こうして呟いていて、ふと思うのは、
 1つ1つは、脱力する程度の、本当にくだらない、些細な事。
 その小さなネガティブの蓄積が、大きな社会の迷惑を生み出し、多数の個人の生活と安心を脅かす。
 ぞくりとするような不安の中に陥れる。

 1つ1つが些細で、くだらなく、時には笑ってしまうような事。
 呆れて、脱力させられる様な事。
 それゆえに、やりすごされて、視界の外で根深い問題が悪化していく。
 意識の問題。




 次世代PHS戦略プランには、パートナー開拓戦略という項目もあった。業界は鉄道、車、流通…、事業はデジタルサイネージ、セキュリティ…、各業界の大手と組む。それで出資してもらうことがゴール。カーライルがつてのある会社を紹介してくれる。

 次世代PHS出資の切り札。一般コンシューマより、お金持ち企業へ進路をとれ!!


【news】XGP無料キャンペーン延長のお知らせ」 http://www.willcom-inc.com/core/core_xgp/index_01.html
→ もうどうせ別会社になるんだしね… 1円も利益出せなかった仕事は、仕事と呼べますか?

 売上げすら立たず。XGPは誰を幸せにしたのだろう? 京セラ? けど、債権放棄させられるらしいしなあ。無料で使えて一部のユーザーが喜んでる? 不便すぎてストレスが溜まる?



■ バキンゼMtg、電王堂タナカ氏、「Xデー」


 高額な契約料のバキンゼMtgで、一体何が決まっただろう? 
 戦略プラン策定のあまりの混迷ぶりに、キクガワ社長は激怒した。怒られたのはシモム室長だけでなく、テラダ副本部長も。
 とんだとばっちりだ、とテラダ氏は思った。と同時に、やっぱりシモムじゃ役立たずってわけだ。


 テラダ氏は、はりきってバキンゼMtgへ乗り込んだ。
 市場動向分析の変数は「通信速度」以外に「エリア計画」も必要でしょ? 違います? 
 そこへ、遅れてやってきたシモム氏。怒りで顔の皮膚がテンパって表情がぴくりとも動かない。
 バキンゼのスズキ氏「それでは、エリア計画を出してくれますか?」

 やりたくなかったことだがしかたない。シモム氏、技術の部門長レベルに打診する。案の定、決められないと言う。設備投資の額と時期をもっと上の役員レベルで決めてもらわないと。
 シモム氏「検討用の資料くらい作れるのでは?」
 技術部門長達「…いまいち、議論の前提があやふやなんだよなあ」


 皆、薄々感じていた。「エリア計画」はタブーだと。そこを明確化しようとする者はババを引く。貧乏くじ。


『議論の前提を整理』は議論回避の便利な言い方。議論の前提を整理しよう。おっと、前提の前提を整理しなければ。ちょっと待てよ、その前提もそもそも曖昧だろう、そこを整理しなくては。云々。


 いつまでたっても案すら出てこない「エリア計画」。「料金プラン」も同様。それがないと話が進まないとうそぶくバキンゼ。ずるずると長引くコンサル契約。
 バキンゼ、そこにいるだけで丸儲け。
 
戦略プランが出来ないのはウィルコムのせい。
 わはははは! 
 搾り取るだけ取ったら、フェードアウト…


 
 何も、決まらなかった。
 秋になれば、競合相手のUQが、ウィルコムより一足早く、WiMAXの料金プランやエリア計画を発表する。それが出れば、少しは、次世代PHS戦略作りも本格的に動きだすだろう。いや、もうこの際、戦略なんていらないか?

 2008年度上半期。この頃はまだ、次世代PHSと現行PHSのデュアル・データカード、さらにスマートフォンの構想もあった。でも戦略じゃない。上から下まで、誰もが勝手なことを言い、枝葉末節にばたばたし、時間と労力とコストを浪費したのだった…



 2008年上半期といえば、ソフトバンクが「白い犬のCM」と「純増数1位連続記録」を飛車角に、iPhoneを発売し絶好調街道ばく進中。その一方、近々キャッシュフローが回らなくなるという記事が経済誌などに、ちらほら。

 いえね、実は、ソフバンはまだCMの料金をうちに払ってないんですよ。期日を延期してるんです。そうとう台所事情が苦しいらしい。
 と、ウィルコム内でまことしやかに話すのは、広告代理店電王堂のタナカ氏。
 あそこが潰れれば、PHSの契約者数もきっと増えますね。


 ソフトバンク「Xデー」関連の記事が週刊誌や月刊誌に掲載される度、誰かがコピーして社内に回覧した。
 やっぱり、いくら外見を調子よく取り繕っても、中身はボロボロの会社なんだよ。噂どおり。あそこはそういう会社なんだよ。


 自社のことは棚に上げ タナボタを待つ ウィルコム



 電王堂タナカ氏のウィルコム内での評判。
 彼はキクガワ社長の太鼓持ち。男芸者。あるいは、とても親身にウィルコム商品の宣伝広告をやってくれる。彼にまかせていれば安心だ。

 ウィルコムは商品の数に比べ、雑誌媒体等の露出がやたら多かった。多数の雑誌に載っていれば、ひとまず仕事をしているように見える。B&P部の宣伝広告担当は、自分はPRの専門家じゃないからと、タナカ氏に頼りきっていた。



 また、キクガワ氏がついにウィルコムを去った2010年2月の「Xデー」。
 キクガワ氏に寄り添い、共に職場を出たのもタナカ氏だった。
 起立した数名の社員に、キクガワ氏は目を向けることなく、
 社員たちの見送りの拍手も、なく。


(2010年3月29日〜4月1日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その9

■ バキンゼMtg その2


 次世代PHSの戦略プラン作りは、契約期間の時間切れを狙うスズキ氏の目論みに対抗できないまま、上っ面のやりとりに終始させられていた。
 シモム室長は変だと感じながらも、それが有名大手コンサルの仕事ならば、へたな口出しは失礼になると、戸惑っていた。恥だけはかきたくない。

LTEがいつから始まるか?」バキンゼのスズキ氏は、いつもとっておきの何かをいよいよ披露するように話す。
「それが最大の問題です。2012年、早ければ2011年中には必ず始まります」
 一息おいて、つけ加える。
バキンゼOBのあらゆる人脈を駆使して調べましたので、極めて確かな情報です!」


 LTEの開始が遅いほど、次世代PHSには有利。Upper(楽観予測)は2012年、Lower(悲観予測)は2011年と書かれていた。LTE100Mbpsに比べ、次世代PHSは20Mbps。速度の圧倒的な違いにより、LTEには絶対に勝てない、という前提であった。

 次世代PHSには、MIMO(マイモ)という技術が適用できた。MIMOを使えば次世代PHSも100Mbpsが技術的には可能だ。が、実用化はまだ先。2011年には、どうだろうか。次世代PHSをどれほど高速化できるかもUpper/Lowerケースに盛り込まれた。通信速度こそが勝敗の要。

「我々は、早急にマイモを実用化すべきです!」
 スズキ氏は言い放った。次世代PHSの高速化ができなければ、2011年以降の加入者増の予想グラフラインも墜落している。事業として成立しない。シモム氏に教えられるまで、スズキ氏はMIMOを知らなかったが、とにかくマイモです! と言い切った。

 技術の優劣だけで市場の勝敗が決まるわけではない。
 しかし技術屋だったシモム氏は、技術唯一主義の考え方に賛同していた。
 スズキ氏にしてみれば、技術次第と断定することによって、多角的な検討をする手間が省け、責任もクライアント側へ押しつけられる一石二鳥に過ぎなかったのだが…


 また、次世代PHS事業の成否がMIMO次第であれば、その責任はシモム氏からも離れ、ウィルコムの技術開発陣へと移っていく。バキンゼの意見という大義名分もある。LTE開始が2011年中という極秘情報も得た。Mtgが進んだ。シモム氏は、久々に明るくなって上司のテラダ氏へ報告した。


 LTEが2011年? 根拠は? バキンゼがそう言ってる? 根拠も聞かず鵜呑みにするな! 馬鹿かてめえは? それにMIMOだけじゃねーだろ。仕事しろよ。却下!  


 …シモム氏の顔はひきつった。
 テラダ氏は、嫌いな案件に容赦ない。その厳しさを自分自身へ向ければもっと普通の仕事ができただろうに…


 牛歩混迷の戦略プラン作り。最低限の成果すら出せないまま、ウィルコムは、バキンゼとの契約を延長せざるを得なかった。
 ドブに捨てたも同然の契約料。
 さらに再び高額のコンサル料を、バキンゼに支払った…



■ 次推室の新メンバ


 ゴールデンウィークが過ぎしばらくすると、次推室に5名もの新メンバが加わった。2008年度新入社員のツヅキ氏とタケミ氏。タケミ氏は次推室初の女性。入社三年目のココムラ氏。30代半ばのマシタ氏とタソモト氏。

 マシタ氏とタソモト氏は、社内でなく、NTTグループからやって来た。マシタ氏は携帯電話事業の立上げ経験をもつ転職組。タソモト氏は、官公庁への出向経験をもつ経営企画マンで、ウィルコムへも出向で来ていた。

 NTTグループに限らず、ある種の企業には、他社との政治的交流のために使われる人材がいる。条件は高学歴で事務仕事に強く無害であること。タソモト氏は、自ら望んだわけではなかったが、その役目が嫌いではなかった。

 NTTグループはよく「役所的」「官僚的」と言われるが、実際、役所よりひどい硬直の体質だ。官公庁へ出向した時、タソモト氏は思った。今の時代は、官公庁の方がよっぽど開けている。帰国子女のタソモトはおとなしい性分ながらも理不尽な窮屈に呆れ、NTT社内より外の会社を好んでいた。

 タソモト氏がウィルコムへ出向した理由。
 この頃、キクガワ社長はNTTグループからの出資、資金援助の画策を始めていた。その一環であることは承知していたが、NTTからスパイを頼まれたわけでもなく、いつもどおり単なる政治的人質に過ぎない、とタソモト氏は割り切っていた。


 NTTグループ各社同士は複雑な関係にあり、PHS事業から撤退した歴史がありながら、PHSへ興味を示す様子の会社もあった。同じくNTTグループ出身のマシタ氏によれば、PHS事業の再開は「本気のわけがない」ということだったが、これから長い間、ウィルコムは出資を期待し続けることになる。


 ウィルコムは、NTTグループ(NTTG)の複雑なパワーバランスの隙間に何とかこっそり入り込もうと考えた。NTTGは、そんなウィルコムを体よく使い、リスクを押しつけて仕事をしようと考えた。新たな共同事業など企画してくれればご協力の可能性も高まりますよ、と。

 トップ交渉が難航するなら、現場レベルで共同事業を企画→ボトムアップして出資の可能性を探る2ウェイ。しかし、市場論理より政治が優先されがちな通信キャリア業界で、しかも大企業間の出資可否を、ボトムアップで実現しようとは、あまりに曲芸的な試みだった…



■ 叫び、混迷、建前、何だこりゃ?


 後からは何とでも言える。他にどんな方歩があった? とキクガワ氏は言うかもしれない。
 KDDI犬猿の仲、ソフトバンクとイーモバは嫌だ、こっち(ウィルコム)のプライドが許さない。
 NTTGしか交渉相手がいないのだ。トップ交渉で話がつけばいいが、ダメならあらゆる手を模索するしかない。


 トップ交渉で話をつけられれば… もしウィルコムのトップが孫さんだったら。ないものねだり。


 孫さーーーーーん!! ああ… 孫さーーーーーん!!! (ウィルコム中堅若手社員+名ばかり課長一同の叫び)

 基地局用地と2.5GHz帯の電波だけなんていわず、全部もってってくれれば良かったのに!! タダでいいから!!!


 ウィルコム社員達は、孫氏の手腕に脱帽していた。これがビジネス… ヌルさ甘さのない世界… これほど戦略的、ロジカル的に、徹底的に切り刻まれながら、目の覚めるような痺れと、圧倒的な何かすごすぎるウィルコムはすっかりドM体質にさせられてしまった。ああ… 孫さん!!!




 NTTGは役所より役所的というタソモト氏の意見に、マシタ氏も頷く。マシタ氏はNTTG時代にPHSFOMA回線を使ったコンテンツ配信事業の経験があった。が、インフラ屋(土管屋)は基本的にサービス作りに向かない。iモードは特殊な環境と中心メンバの覚悟から生まれた例外だった。

 回線を使わせてあげているという土管屋的高慢。使いにくい条件を設けながら「オープンに使える環境」という身勝手勘違い。それに、リッチコンテンツ配信に3G程度の速度ではやはり厳しい。しかしBWAであれば、大容量の配信サービスができそうだとマシタ氏は次世代PHSに期待していた。

 かつて24時間通話無料の実現で業界タブーを打ち破ったウィルコム。万年業界4位で前進するしかないはずのウィルコムなら、NTTGのような天狗ゆえの社内問題もないだろう、とマシタ氏は思った。
 だが、ウィルコムはNTTGとは別の意味で、根深い親方日の丸病を患い、混迷を深めていた…


 いざとなれば、国が助けてくれる。「京都の神」が助けてくれる。これまでもそうだった。PHSは貴重な国産技術。人体にやさしい。何をしても(しなくても)許してくれるウィルコム贔屓のユーザーたち。経営哲学は「楽勝」。稲盛フィロソフィ? まあ、そういうのも建前では存在するけどね…



 タソモト氏とマシタ氏は、バキンゼMtgに参加した。
 異様な雰囲気。シモム室長とバキンゼのスズキ氏にしか発言権がないかのよう。
 資料も、何だこりゃ? なんで英語?


(2010年3月27日〜29日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その8

■ キャプテン!?


 サービス開発本部内の部署「サービス計画部」「次推室」「B&P部」。
 B&P部は、スマートフォン以外の端末企画と、ブランディングを担っていた。ここから、ハニービー、WILLCOM9、NSが生まれた。ウィルコムのコーポレートブランド「もうひとつの未来」も。

 B&P部は、もともと営業系部門のセクションだった。社内の各部門でバラバラにやっているマーケティングを1つにまとめようという意図で、サービス開発本部に集められた。

 B&P部の部長イシヤマ氏は、上司のテラダ副本部長にはビジネスセンスの致命的欠落があること、人の意見を聞けない幼稚さ傲慢さを、見抜いていた。


 テラダ氏の影響を最小限にすることが重要だ。邪魔されないこと。さらに、こっそり主導権を握ること。

 こちらが意見を言えば、テラダ氏は逆上する。黙っていれば、営業部門トップのツチハシ副社長への遠慮があるのか、イシヤマ氏の仕事領域に、そう乱暴に首を突っ込んでくることはない。イシヤマ氏は、まるで影のように、ひっそりと仕事を進めた。

 イシヤマ氏は、アンチ次世代PHSではなかったが、現行PHSにもこだわっていなかった。簡単な話、モノ作りができればよかった。一風変わった面白そうなデバイスを。自他共に認めるガジェット好き。次世代PHSはまだ先のことだから、今は単に現行PHS派になっているだけ。

 PHSの電磁波が、人体へやさしく(他社携帯と比べ)悪影響を及ぼさないといった世間の通説に対し、「本当に?」と冷笑を浮かべるシニカルな一面もあった。あれ、根拠ないだろう、みんな本当はわかっているくせに…



 今更だが、「三つの頭」が互いに胸襟をひらき、「一つの頭」になれたら良かった。
 それがないままツギハギされた新設の組織は、上級管理職のパワーゲームの戦場を増やしただけに過ぎず、机のみを近づけても、並べるほどに、お互いの見えない壁は高く聳え、複雑に入り組んだ。

 B&P部のゴリセ氏は、モノ作りがしたくてウィルコムへ転職して来た。3年過ぎ、社長とも直接に話ができるようになった。次世代PHSの端末企画マーケティングの仕事を、と話が来た時は胸が躍った。
 が、次世代PHSはテラダ副本部長が嫌っていた。ここは慎重にならなければならない。

 B&P部にも端末企画はある。しかし王道はやはりスマートフォンだ。いつかスマートフォン企画に関わるためには管轄者のテラダ副本部長に嫌われるのはまずい。が、次世代PHSを断るのはもったいない。そういう意味でB&P部と次推室の「兼務」という立場は、何かと都合がよかった。

 もしシモム室長がゴリセ氏をバキンゼMtgに加えていたら。加えずとも当然の情報共有をしていたら。両天秤の二股気分だったゴリセ氏は、上司の期待を感じて次世代PHSへ注力していたかもしれない。が、バキンゼMtgの進捗は共有されず、次推室の定例Mtgさえなく、放っておかれる日々が続いた。

 ゴリセ氏の気持ちは現行PHSの世界へ引き戻った。次世代PHS事業って本当にできるのかね? 社内に反対派もいるし迷走しているようだけど。
 いずれにしても、ゴリセ氏は、ちょうど現行PHSのデータ通信ARPU向上のための推進担当者として、「キャプテン」に任命されたばかりだった。


 それまで社内になかった、「キャプテン」というポストを新たに作ったのはキクガワ社長のアイデアだ。

【用語解説】『データ通信ARPU』……ユーザー1人あたりの月間のデータ通信利用料金のこと。


 キャプテン! かつて一時的にせよ、そんな肩書きが泡のように出てきて弾けたことを、何人の社員が覚えているだろうか? 
 それはウィルコムのいかにも表層的な体裁主義を象徴する、インスタント肩書きだった。


 キクガワ氏。行き当たりばったりの術。
 中堅若手社員の活力を生かして会社の課題を解決しよう! と思った。課題を箇条書きし、数名の中堅社員に担当させた。ところが、しばらくして中堅社員たち曰く、「権限がないので社内でろくに動けない」。そりゃそうだ。何しろ仕事は会社の課題解決。話が大きい。

 そこでキクガワ氏は考えた。
 昇進させる? いやそれは摩擦が大きい。ならば名前をつけようではないか。「キャプテン」はどうだ。社長直々のミッションを与えられた者。それはキャプテン。権限は従来と変わらないがキャプテンとする。それで社内を動かせるはず(なぜ?)。君たちをキャプテンに命ずる!

 …キャプテンを命ぜられた者の思いは様々だったが、ゴリセ氏は誇らしく感じた。データ通信キャプテン! 社長代理のようなものだ。次世代PHSのことなんか、すっかり忘れてしまった。

 が、何といっても即席のインスタント肩書。影で嘲笑されるネタにしかならなかった。いつしかすっかり次推室へ来なくなったゴリセ氏のことを、シモム室長は「あいつは現行PHSのデータ通信キャプテンだからな。あっちが忙しいんだろう」と部下のサロ氏に話した。
 完全に小馬鹿にしていたが、その対象は、ゴリセ氏に対してだったか、キクガワ社長に対してだったか。
 結局、キャプテンたちはあいかわらず権限なく、会社の課題は解決するはずもなく、それも自然と「なかったこと」のようになった…


 上級管理職は言うことをきかないから、中堅若手の力を使おうと考えたキクガワ氏の場当たり戦略は、こうしてあっさり潰えた。



 ウィルコムでは「それはもうやった」「考えた」「とっくにトライ済」→だけど課題が解決しない。俺達は未知で特殊で困難な課題に直面しているんだ! という言い訳が散乱している。「やり方が悪かったんじゃないか?」ということに目を向けたがらない。



 W-SIMによるシムスタイルや、コアモジュールフォーラムなんかも、まさにやっただけ。中途半端。

 後でつぶやく機会もあると思うが、ウィルコムはフォーラムとかコンソーシアムとか団体作りが好き。作って会員企業から会費をせしめる。後は知らない。団体がすたれても、マヌケな会員企業は会費を払い続ける、おいしい仕組み…


 ●若手社員のやる気とセンスを有効活用した他社事例1『ポケットボード』。
 10年以上前ですが… ドコモの新入社員M氏(女性)は大星社長に噛みついた。この会社は若手にチャンスを与えるっていってたじゃない!事実と違う。うそつき!

 大星社長は面白がってM氏を本社のモノ作り部署へ異動させた。どうせ新人1人じゃ何もできないだろうから、腹心の役員に庇護させた。そこでポケットボードが生まれた。


 ●中堅社員のやる気とセンスを有効活用した他社事例2『iモード』。
 松永真理氏、夏野剛氏の「外人部隊」に対する社内各部の風当たりは強かった。責任者の榎部長へ上級管理職から苦情が寄せられたが、榎氏は自分が責任をとると突っぱねた。iモードは社内の屁理屈に捻じ曲げられないサービスに仕上った。


 ●中堅社員のやる気をピエロにさせたウィルコム失敗事例。
 社長は上層部の力関係改革に手を出したくないため、30〜40才程度の社員を持ち上げて「キャプテン」の称号を付与し、名誉なことに思わせようとした。なぜなら権限を与えることはできなかったから(権限を与えるには面倒な調整が必要だった)。

 といって社長の実質的な庇護もなく放り出されたキャプテンたちは、社内をリーディングできず失敗。


 社長は臆面もなく思った。


 うちの会社には、優秀な中堅若手がいないんだな…



 ………



 ピカピカのハゲ頭 自分の顔だけは 映さない


(2010年3月25日〜27日分まで掲載)