予告された倒産の記録 その21

■ 残業規制


 それまで、ウィルコムには残業時間の管理という概念がほとんどなかった。
 他社では、労働組合と会社が労使協定等を結び、月間や年間における残業時間の目安を定めるのが一般的だが、ウィルコムには労働組合がない。

 労働組合に代わる非管理職社員の代表も、機能していると言えず、実質、部署によっては残業時間のつけ放題。 

 残業時間がつけ放題だと、何が起こるか? 水増し申告はバレるとまずい。と、すると?


 答えは簡単 →だらだら仕事をするようになる。1時間でできることを、数時間かけてやるようになる。昼にできる社内Mtgをわざわざ夜にしたり
 

 すべての社員がそうではない。本当に忙しい社員もいる。
 ただ、管理職は、部下たちがゆる〜く仕事をしている、という漠然とした印象を持っていた。だから残業規制。今までは社風というか慣習的に甘やかしていただけ。 

 残業規制すると仕事に支障がでる? うそつけ! 業務時間中にぶらぶらせず、テキパキやればいいだろう。
 残業代がなくなって給料が減る? 会社の財布がピンチの時に、自分のことばかり考えるな!
 

 会社の財布がピンチの時に… 残業規制をしても管理職の給料は1円も減らない
 会社の財布をピンチにしたのは誰だ… そもそも管理職は高い報酬をもらっているくせに… 非管理職社員たちの声なき不満の声。 
 まったく、やってらんないよ… 
 社員たちの顔を、秋の三日月が青白く照らした夜…
 


 キクガワ社長は、飲み友達やウィルコム社員(妙齢の女性)とともに、西麻布の小料理屋にいた☆



 高そうなお店… これって、まさか経費で落としてるのかしら… 
 ウィルコム社員(妙齢の女性)A氏は、珍しく社長に呼ばれてついていった小料理屋で、社長の友人たちに適当に愛想を振りまいていた。 

 何のために連れて来られたのかは、聞いていなかった。ただ、ずっと前にも、同じようなことがあった。この後、誰かがここへ来るのだ。社長のお気に入りの、たぶん、独身の男性が… 

 A氏の予想は、当たった。しかし、彼女は驚いた。まさかその男性が、彼女の顔見知りとは思わなかったから。なぜ自分が呼ばれたのかよくわからない、と顔に書いてありそうな表情で現れたのは、NTTGから出向でウィルコムに来ている、タソモト氏だった…


 あっっっ! 


 小料理屋の明かりが、ハゲ頭に反射してA氏の目をくらませた…!



■ 失敗と大惨事の間、とりあえずやってる、思考停止の泥沼


 案件が多くなってきましたので、この辺でまとめます。 

 まず、全体的なもの。キーワードは「経営戦略会議」「出資交渉」「残業規制」「PR・広告・イベント関連」 

「経営戦略会議」……次世代PHSの戦略策定および現行PHSのテコ入れ会議。ウィルコムの泥沼体質に業を煮やした大株主カーライルの主導。 

「出資交渉」……上場断念。放漫経営・業績不振で提携先も見つからず。2008年11月には「京都の神」稲盛氏をもってNTTGと交渉したが実らず。 暗中模索。 

「残業規制」……経営戦略会議で打ち出された全社的なコスト削減施策の1つ。不法まがいの規制。社内にいっそうの歪みを生み出す。

「PR・広告・イベント関連」……コスト削減施策でまっ先に予算カット。担当していた社員はそろってヒマになった。


 次は次世代PHS関連。キーワードは「MVNO」「ブワウク」「地域連携」

MVNO」……業務システム、課金システム、他ネットワークとの接続など次世代PHS関連の設備投資費が捻出できないため事実上の崩壊。但し、電波利用の免許剥奪を避けるため、各方面へ隠蔽工作に走る。 

「ブワウク」……有識者を交えたブワウクMtgのどん詰まり。全社的コスト削減の煽りを受ける。マネーロンダリングまがいの会社化や、数十枚の企画書でNTTGから100億せしめる奇想天外プロジェクトをもくろむ。


 こうしてあらためてまとめてみると、あまりにひどい… ひどすぎるなこりゃ… 

 ウィルコムに、再建するだけの価値が本当にあるのか、後でつぶやきたい。 


「地域連携」……国や自治体の補助金を使って次世代PHS基地局を建てようという動き。旧郵政省出身のトノシタ会長の発案。各方面のパイプ作りと事業モデル作りが重要だが苦戦中。トノシタ会長がケーブルテレビ業界に人脈ある人を連れて来てウィルコム執行役員にしてみたり。


 三番目は現行PHS関連。キーワードは「次のスマートフォン」「電子新聞」「どこでもWi-Fi」「データ同期サービス」「モバイルコンテンツ」「ハニービー」、プラス(これまでは触れてなかったけれど)「フェリカサービス」「ウィルコムミーティング」「NS」

「次のスマートフォン」……03とD4の間、あるいは延長線上にあるものという社内調整優先の意味不明な概念。次世代PHSと現行PHSのデュアル端末を想定。財務悪化。経営危機。コスト削減勃発。 何が作れる? そもそも作るの? どうする? どうする? どうする!  

 失敗(03)と大惨事(D4)の間、あるいは延長線上にあるもの… まるで小説の題名のよう。「企画者失格」「自己中心で見栄を叫ぶ」「プライド炎上」「社内モラルの耐えられない軽さ」 

 もう4つほどwwww 「失われた顧客を求めて」「ユーザーの声を聴け」「会社の終りと責任逃れのワンダーランド」「予告された倒産の記録」


「電子新聞」……次世代PHSや現行PHSインフラで電子新聞サービスの可能性検討。新聞社やメーカーとのパイプ作り。ブワウク案件で、電子ペーパー端末による100億のプラットフォーム事業モデルもNTTG向けに探る。

どこでもWi-Fi」……東京ゲームショウでの発表後、競合他社に先手を打たれつつ、来年(2009年春)の発売に向けて開発を進める。 

「データ同期サービス」……9月にロキア社が法人向け提供の撤退をリリース。ウィルコムスマートフォンに使われているが…  

「モバイルコンテンツ」……他社のように厳しい審査を合格して掲載されたわけではない、公式サイト。とりあえずやってる感が滲みでている、意味なし趣味的コンテンツの群れ。 


 戦略も、まともな企画もなく、ウィルコム単に来るもの拒まず状態のため、他の通信キャリアで落とされた三流レベルのCP(コンテンツ・プロバイダ)にとっては、「通信キャリアの公式コンテンツに採用された!」というハクを得られ、世間にPRできる場所。なんだそりゃ?

 本気の苦労せずコンテンツの数を増やせてウィルコム担当者満足。ハクを得られてCP満足
 お客様は? 公式コンテンツなので試しに使ってみた… レベル低すぎ… サイトも使いづらい… 騙されたっ、パケット損したっ、もう二度と使わないっ。 


 モバイルコンテンツの現場リーダーであるテラダ副本部長は、この仕事がなくなると「データ通信ARPU向上」のために何をやっていいかわからない。干されたみたいにも見える。だからやる。これをやれと、上からも言われた。

 時代の流れ、ウィルコムユーザーの属性(2台目利用が多い)などから、見込みなし、焼け石に水、間違った方向への努力にすぎないことはわかっていたが、そこはほら、見ザル聞カザル言ワザルで… キセキを信じて、ガンバロウ!(俺がヒマに見られないために) 


 モバイルコンテンツの担当者たちは、粛々と、淡々と、流れの中で働く。新コンテンツや企画ページができる度、細かい画面チェック作業に多大な人件費と労働力が費やされる。流れがどこへ向かっているのか、気にするのは自分の業務範囲外だし、正直しんどい。 

 日々、自分にできることをやる。どこかで「それ、無駄では?」と聞こえてきたら、そうかもしれないけれどヒドイと思う。私がやってることなのに。何でそんなことをいわれなくちゃいけないの? 指示されたことをやってるだけ。組織ってそういうものでしょ?  


 ウィルコムのモバイルコンテンツ。経営戦略会議を体よく締め出されたテラダ副本部長のヒマ潰し業務は、それゆえテラダ氏の妙な執着を生み、担当者の視野を狭め変なプライドを醸成し、思考停止の泥沼にいっそう嵌りつつあった…



【news】WILLCOM管財人代理の久保田前社長が退任」(2010年4月23日)
http://k-tai.impress.co.jp/docs/news/20100423_363282.html  

 久保田氏については、後につぶやく機会もあるかと思います。一つだけ、忘れないよう、メモしておきます。 


 その存在すら封印され、ごく一部の社員しか知らない、事業再生プラン。
 通称「32本のプロジェクト


 なぜ、無視され、闇に葬り去られたのか? 



【news】不払い残業代ほぼ2年分 アイシン支払い」(2010年4月24日)
http://www.asahi.com/special/08016/NGY201004240002.html

 →不払い残業代。労基署さん! ウィルコムにもありますよ!! たんまりと!!! 


(2010年4月22日〜25日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その20

■ ユメを騙れ


 UQMVNO説明会で、端末、エリア展開計画、料金関連の情報が出るたび、ISP、メーカー、メディア等から、ウィルコムへ問い合わせが入った。
UQさんはここまで発表しているのに、ウィルコムさんはどうなんですか?」


 次推室でMVNO業務を担当するヒレバ氏は、社外や、社内の広報、営業部門等からの問い合わせに対し、「追って発表します」を繰り返した。オウムになった気分だった。
どいつもこいつも、野次馬根性の知りたがり屋で困る。発表するまでおとなしく待ってればいいものを)  

 ヒレバ氏は、縁なし眼鏡の位置を人差し指でなおした。度は入ってない。威厳あるように見せかけるためダテだ。7月にウィルコムへ中途入社したヒレバ氏は、前職のコンサルで地域WiMAXの仕事をやっていた。

【用語解説】「地域WiMAX」……UQWiMAXと技術は同じだが電波帯域が違うなど互換性なし。つまりユーザーから見れば同じ端末を使えないため別物。ブロードバンド有線のない地域で普及させようと国の旗振りで始まった。が、収益性の問題から手を挙げる事業者は乏しい。

 地域WiMAXとはいえ、WiMAXをやっていた人間が、なぜウィルコムへ転職? UQじゃないの? →「UQからも、もちろん誘われたんだけどね。あの会社は高飛車偉そうだから、断ってやった」 
 ……とのこと。ふーん…  


 ヒレバ氏の部下になったナガラ氏は、40才のヒレバ氏より年上の42才。
 虚栄心の強そうな年下の上司には、決して年上ぶらず、亀のように首と手足を引っ込めていることにした。
 外の世界でコンサルだった人だからスキルはあるはず。こっちは学ぶ姿勢を忘れずに、謙虚に、謙虚に


 ヒレバ氏は、次推室がなぜ情報共有のMtgをしないのか不思議だった。シモム室長へ軽く打診しても、動かない。しょうがないので、社外と接するメンバ(ヒレバ、ナガラ、ウミナガ、ヤシダ、マシタ、アサバラ)で週一のMtgをすることにした。
 当然シモム氏へも参加を呼びかけたが、数回のひやかし出席があった後、顔を出さなくなった。なんで俺がこんな下々のMtgに出なきゃいけないのか、という雰囲気がありありと出ていたので、いないほうが平和だった。 

 週一のMtg(パートナーMtgと名づけられた)では、社外の訪問先リストが作られた。一度でも訪問したらリストへ記録し、内容を書き込む。いつ、誰がどこへ訪問し、何を話したかが一目でわかる。そんな当然のものさえ、それまでなかったので、ナガラ氏はヒレバ氏に感心した。

 本当は感心するほどのことではないと、ナガラ氏は自分でもわかっていたのだけれど、あえて感心することにした。
 だって自分の上司だから。
 その方が自分の精神衛生的にも、よかったのである。 



 UQウィルコムMVNO説明会は、事業立上げの進捗状況を、世間が知る機会。
 1回目が2008年3月に行われ、2回目が夏(UQが7月下旬、ウィルコムが8月下旬)、3回目が冬(UQが11月上旬、ウィルコムが2009年2月下旬)だった。 

 回を追う毎に、UQウィルコムの開催時期にひらきがあり、社内のもたつきを露呈しているようだが、開催時期はそもそも予定どおり。先にサービスインするUQが先行し、その発表内容をみて、ウィルコムが追随する流れ。

 但し、ウィルコムの3回目は当初予定を1カ月ほど延期した。2回目を実施した8月末以降、5ヶ月もの間、新たに発表できる内容が、何も決まらなかったためだ。

 UQの3回目(11月上旬)の発表内容をみて、ウィルコム社内はにわかに焦りだした。
 焦ると、まずやるのが、相手批判
 UQは表向きは順調そうだが、KDDIの内部では、旧DDI派のau陣営と、旧KDD派のUQ陣営で内紛が起きているらしいぞ。

 信憑ありかなしか、情報ソースはメディア。KDDIが吸収した旧ツーカー基地局用地を利用してUQはエリア展開の予定だが、その用地利用を巡ってもめているという。だから、UQは発表どおりにはエリア展開できないだろう、というウィルコムの希望的観測。


 社外への公式発表と、社内の状況が激しく乖離しているということは、ウィルコム社内ではまさに身をもって信じられる事実だったので、それはいかにも有りそうに思われた。


 だって建前(世間への発表)と本音(社内事情)の使い分けは、大人の方便、社会人として常識でしょ? 当然のこと。

 有言実行? 馬鹿いっちゃいけないよ。ハハハ…




 公共の2.5GHz帯電波を有効活用する、BWA(ブロードバンド・ワイヤレス・アクセス)サービスとして期待された次世代PHS
 MVNOへの提供が義務づけられたのは、いうまでもなくフェアな競争環境を実現させ、国民の利益を向上させるためだ。



 その役目を任せようと、国はウィルコムへ免許を与えた。
 免許の意味、責任と期待の重さは、常に、絶えず、意識して仕事に当たらなければならない。
 にもかかわらず。


 免許はたちまち既得権化した…


 MVNO説明会で、とりあえず、総務省の目をごまかせる程度には体裁を整えないと、免許が剥奪されるかもしれない。会社の体面にかかわる問題だ。お客様よりも、免許の意味よりも、「剥奪」という起こりうる汚点に対し、会社の体面を守れ。


「免許剥奪リスクを下げる」「免許剥奪リスク対策」
 
 そんな言葉が、社内会議資料に出始めた。 さーて、どんなごまかし、トリックをしようかね? 



 とにかく、MVNOに関心ある事業者に、早々にそっぽを向かれるとマズい。奴らの目の前に何でもいいからうまそうな人参をぶら下げる。ユメを騙るんだ。嘘じゃない。ひょっとしたら何かが起きてできるようになるかもしれないからね。世の中は何が起こるかわからない。

 MVNO業務の窓口対応をするヒレバ氏は、部下のナガラ氏にそう話した。
 ナガラ氏は小刻みに頷いた。(何でもいいから、あなたの言うとおりやりますよ)
 2人は、ISPやメーカーに対し、幻の人参をぶら下げまくった。 

 ごまかし営業経験のあまりないナガラ氏が、「ヒレバさんはクチがうまいですね」と言うと、ヒレバ氏は、「前職のコンサルのとき、さんざん培ったからね。こういうのは得意」と答えた。「まあ、ナガラさんも、徐々に勉強していって…」 



サービス残業の種


 全社的なコスト削減施策として、「残業の自主規制」なるものが始まっていた。 


 社員一人一人に、1カ月あたりの「残業目標時間」なる数値が設定された。目標なので、自主的にその数値を超えないようにしなさいよ、というわけだ。 

 もし忙しくて超えた場合は? どうするの? →いやいや、だから「自主的に超えないようにしなさいよ」と言ってるじゃないか。 …つまり、残業しても申請するな、なかったことにしろというわけだ、自主的に。と、ナガラ氏は解釈した。 


 そう解釈したのは、ナガラ氏ばかりではなかった。実際にやった残業代を支給しないのは明白な違法行為だが、残業しても社員が自主的に申請しないなら、会社は把握できなかったと言い逃れできる。
 法の穴を狙った、新たな社内規制。サービス残業の種が、社内のあちこちに撒かれていた。


(2010年4月21日〜22日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その19

■ 虎の威を借る活躍


 イーモバイルのCMではサルが100万ユーザー突破の歌を歌い、
 ウィルコムの職場では見ザル聞かザル言わザルが空目空耳しながら、
 ソフトバンクの禿ザルよ、早く、くたばってくれよと待ちわびていた。


 ドコモMVNOの水面下業務について、サイジ氏の他に、技術や端末調達、料金関連の整備をする人間が必要だと、テラダ氏は考えた。
(誰にやらせようか…)
 3G関連の知識や経験でみれば、マシタ氏が適任だった。
(あいつには…今、何やらせてたっけ?)
 ツミオ氏に訊くと、電子新聞サービスのリサーチだと言う。
(ああ、そうか… しかし、いつまでそんな無駄なことに手間ひまかけてるんだ…!
 マシタ氏を呼び出して、これまでの検討の報告を求めた。さっさと却下して、3Gをやらせよう


 マシタ氏は進捗の報告をしたが、テラダ氏の承認を求めるような内容は言わなかった。
 テラダ 「で、どうなんだ? すぐ儲かるのか? 100億くらい?」
 マシタ (あっちもこっちも100億か…) 「まだ白黒だせる時期ではありませんが、事業の可能性はあると思います」
 テラダ氏は、いらついた。 「いいから、やめろ!
 マシタ 「え?」
 テラダ 「電子新聞は可能性なし。そう判断した。やめろ!
 マシタ 「なぜですか?」
 テラダ 「あ? 俺がやめろといってるんだ!
 マシタ 「………」
 テラダ 「で、はどうすんだ?」
 マシタ 「次?」
 テラダ 「電子新聞はおわり。次はするんだ?」
 マシタ 「何といわれても…」
 テラダ 「ヒマなの?」
 マシタ氏は、勘づいた。ここで頷いてはいけない気がした。あります
 テラダ 「あ?」
 マシタ 「電子新聞をもう少しやります」
やめろっていってんだろ!!」 テラダ氏は声を荒げた。
 マシタ氏は無言でその場を去り、アサバラ氏のところへ向かった。「あのさあ、電子ペーパー部会のことなんだけど…」


 ブワウクの電子ペーパー部会に、マシタ氏は加わった。
 アサバラ氏が「社長指示」とか「NTTG」とか「100億」という言葉を使って、マシタ氏の稼働について上長のテラダ氏へ話を通した。

 頭ごなしの身勝手で理不尽なマネジメントをする管理職は、それが普通だと思いがち。非管理職のくせに社長の威光を振りかざし、馬鹿丁寧だが態度のでかいアサバラ氏を、テラダ氏は苦手にしていた。

 マシタ氏は3Gの仕事を嫌ではなかったが、テラダ氏の態度や考え方には疑問があった。アサバラ氏の虎の威を借る活躍で、電子新聞リサーチは継続となった。そうして、たかだか数十枚の企画書でNTTGから100億せしめようとする奇想天外プロジェクトも、のそりと、動き出したのだった。



■ お客様不在のカラク


 2008年11月初旬、次世代PHSのライバルとされるWiMAX事業を立ち上げ中のUQが、翌年2月の試験サービスを控え、MVNO向けの料金プランを発表した。  

 次世代PHSの料金は? エリア展開計画は? 端末は? 


 技術開発への未練と、人の良い性格で、長らく存在感をなくしていたサービス開発本部長のクロサワ氏が、テラダ氏と入れ替わるように、息を吹き返していた。 

 次世代PHSのデータ通信端末。便利なUSB型が世間の主流になりつつある中、電力供給の問題で、次世代PHSは古くさいPCカード(PCMCIA)型を選ばざるを得なかった。 

 このご時世に、PCカード型かよーーー……… 誰もが思った。な・ん・で・そ・う・な・る・の!?
 

【噂】 秋にソフトバンクが破綻するとか噂がでてますねー 大河ドラマの龍馬の死になぞらえて。毎度のこと。年中行事?  

 破綻しそーーーー………  でもしなあーーーい!! ヒャッハー!!! ヴァターシはWILLCOMとは違うのよっ!! 


 次世代PHSと現行PHSのデュアル・スマートフォン、データ通信端末。デュアルでなく次世代PHSのシングルタイプ。USB型。PCMCIA型。その他の企画端末。
 …何を、いつ頃だせるのか。端末スケジュールはしっちゃかめっちゃかの放置プレイ。 

 適切な時期にやるべきことをやらないと、後になって「できない理由」がどんどん増えてくる。あたかも、その「できない理由」は最初から存在していたかのように。

 バキンゼMtgが機能しないから。経営陣が投資計画を決めてくれないから。だから、現場リーダーは何も検討しないし提案しない。提案(進言)しようものなら上に睨まれる。ババを引く。貧乏くじ。例のウィルコム的サイクル。それに、技術的にもできない。

 協力会社が少ない。マイナーなPHSは技術者が少ない。今からやって少なくとも1年半はかかる。シングルタスクな感じ。ずっと前からある課題。分散環境、マルチタスク環境の準備をなぜしなかったのか? そんなこと、今更言われてもねえ


 とにかく、次世代PHSの試験サービスインまであと半年。
 たとえ古くさいPCカード型でも、用意しなければ。競争力? そんなのは贅沢だ!
 次世代PHSは技術課題も山積み。今、この未曽有の厳しい環境で、俺達にできることをやるんだ! できることを!


 明らかな準備不足で追い込まれた苦境。
 身の丈に合った「できることをやる」という美徳を持ち出して手遅れの悪あがき。
 
 まったく勉強しないで大学受験前夜になり、カンニングペーパーを作るような感じ。
 

 ドラッカーさん、一言ドウゾ → アクションプランなくしては、すべてが成り行き任せとなる。


 成り行きまかせ風まかせの苦境で、半年後に次世代PHS用のPCカードを生み出す。無駄な苦労だが困難は困難。その陣頭指揮をとって乗り切れるのは、開発経験豊富なクロサワ本部長しかいなかった。

 後日、PCカードが何とか形になった時。「あの厳しい状況でよくここまで間に合わせたものだ」と、ウィルコム管理職らは互いに誉めたたえ合った。 

 さらに後日、PHSと3Gのデュアル・スマートフォン「ハイブリッドW-ZERO3」の時も。「あれだけメーカーにやる気のない状況で、よく発売までこぎつけたものだ」と、一部の社員らは褒めたたえ合った
 

 稚拙な愚策や放置プレイで自らを痛めつけ(苦境に追い込み)、それを天災のように受け止めて被害者面し、成り行き任せでツギハギの形をこさえ、土壇場のプロセスを関係者同士で称賛する。


そんな端末、誰もいらないよーっ 


これぞ、お客様不在のカラクリ。(ヒャッハーーー!!!) 




 UQは、WiMAXMVNOに関心ある事業者向け説明会で、データ通信機器3種類(USB、PCカードExpressCard型)の準備、およびノートパソコン内蔵用の通信モジュールの開発状況など、着実な進捗を発表していた。


(2010年4月20日〜21日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その18

■ 「へつらう」か「威張る」か


 マシタ氏が、テラダ副本部長の指示で、電子新聞ビジネスをリサーチしていた。電子ペーパー業界の動向にも、詳しくなっていた。

 NTTG? 電王堂? 「筋の悪い話だ」マシタ氏は言い切った。新聞の電子化で、大手の新聞社に最も警戒されているのが、その2社だ。そんなところと組んだと知れたら、こっちまで変に動きづらくなってしまう。

 デジタルコンテンツ事業では、手数料収入で儲かるプラットフォームを誰もがやりたい。新聞社や広告代理店で、勢力争いが始まりつつある。

 その時期に、NTTGが入り込もうと恥知らずな殿様営業をやらかし、新聞各社のヒンシュクを買った。マシタ氏は、アサバラ氏に状況を話した。


 知ったことか! アサバラ氏は、突然キレた。
 こっちは社長の指示でやってるんだ。100億のビジネスを作るんだよ。やる気がないなら邪魔しないでもらえるかな!!

 そっちが質問してきたんだろう… マシタ氏は呆れたが、アサバラ氏の態度は、タケミ氏の件などでも見慣れていた。


 アサバラ氏は、「社長」や「100億」という言葉を持ち出せば、聞き手を思考停止に追いやり、従順にさせる威力があると思い込んでいた。

 そして、リアルな事実の検討をむやみに軽んじ、危険な盲信を強いたがる価値観は、ウィルコムの社風でもあった(転職組のくせにアサバラ氏は典型的なタイプだった…)。


「やる気がない、とかじゃなくて、事実を言っているだけだろ。まずは事実を踏まえた上で、どうするか考えるべきなんじゃないか?」マシタ氏は、言った。

 アサバラ 「…それで、できるの? 100億取って来れるの?
 マシタ 「………」
 アサバラ 「なんだ、できないんじゃんそれじゃあダメなんだよ!」
 マシタ 「…なあ、どうかしたのか?」


 それまで、アサバラ氏は、新人のタケミ氏や若手のココムラ氏には傲慢な態度を見せていたが、NTTG出身のマシタ氏やタソモト氏に対しては、通信業界に長いお二人のご意見を伺わせてほしい… と、妙に低姿勢だったりした。


 しかし、過剰な低姿勢は、傲慢のたんなる裏返し。


 人に対して、「へつらう」か「威張る」か。その2つしかコマンドがない。初期のRPGゲームのキャラみたい。ある種の縦社会の中に長くいると、そうなってしまうサラリーマンは決して少なくない。


 組織をさらに硬直・腐敗させる要因… NTTGで人材育成の経験もあったマシタ氏は思う。そうならないため、NTTGでも「ニュートラル」や「アサーティブ」といった研修が若手社員へ試みられた。が、現場が変わらないかぎり、多少の研修は焼け石に水でしかなかった。

【用語解説】「アサーティブ」……相手のありのまま(権利)を侵害せずに、誠実・率直・対等な立場で、自分の気持や意見をわかりやすく伝えること。そのためのスキル。


 問題は、アサバラ氏のような「へつらう」「威張る」限定の対人スキルが、ある種の組織では有効だということ。ウィルコムでも、彼はキクガワ社長に気に入られている。だからタチが悪い。



 アサバラ氏は、マシタ氏のことを、正論をふりかざす世間知らずの男、とみなしていた。ずっとNTTGという大企業の恵まれた環境で、下請け相手に正論ぶって楽な仕事をしてきたんだろう。世間はそんな、甘いものじゃない。

 それに、マシタ氏の意見に、アサバラ氏は無性にいらいらした。NTTGや電王堂は大企業だぞ! もっと頭をひれ伏すべきだろうが? こっちはキクガワ社長の名前も出しているのに… 何が「事実の確認、検証」だ? いい年して青臭いことを…! オーソリティ(権威)に反抗して、自分を偉くみせたいだけだろ。幼稚だ。
 と、アサバラ氏は決めつけたので、幼稚なマシタ氏の意見など、まったく理解する気がなかった…



 これも今更だが、身勝手な屁理屈で相手を見下し、相手の意見自体も頭ごなしに無効化させる手口は、志なき不健全な組織の日常風景だった。その点において、中途入社のアサバラ氏は、みごと社風にフィットしていた。


 前にもつぶやいたが…


 健全な議論の不在。
 ウィルコムを更生会社に追い込んだ、致命的な欠点。



 そういえば、このツイートを以前に煽った、ウィルコム社員の手口もそうでしたね。身勝手な誹謗中傷をし、このツイートを陳腐化させようとしたわけだ。

 しかし、いくら陳腐化させようとしたところで、このツイートはもともと、くだらない、なさけない、ときに笑っちゃうくらい意識の低い、ウィルコムという肉体の中に毛細血管のように入り組んだ病症の数々。がん細胞のように、タチ悪く会社を倒産させた「意識の問題」の寄せ集め。 
 なぜ、ウィルコムは(現行PHSでも)利益を出せなかったか? という症状に対する、1枚のレントゲン写真。まっ黒な肺。うわー、きたねー、なんだこりゃーっ!


 ある意味、これ以上くだらなくさせようが、ありません… あしからずw



■ 経営戦略会議


 テラダ副本部長は、思いつきの電子新聞の件をすっかり忘れていた。大幅なコスト削減、次のスマートフォン、ドコモMVNO… さらに、カーライルが、いよいよ現場に介入しようとする動きがあった。

 経営戦略会議、なるものができた。カーライル主導で課題解決しようというもの。
 課題→ なんで現行PHSはこうも失敗続きなのか?


 ウィルコムの問題は、借金の額ではない。新たな出資を得られないこと。リファイナンスができないこと。なぜか? 今の事業(現行PHS)での売上げが低すぎるから。利益を出せずにいるから。なぜか? 市場ではなく、社内に問題があるに違いない。


 そんなことは、みーんな、ずーっと、わかっていた。

 わかっていたので、三つの頭や上級管理職らは、責任逃れと保身工作に、日々いそしんでいたのだ。それが仕事の一部… いや、大部分を占めて。



 経営戦略会議に、上級管理職らが、順次、呼ばれた。現場の状況をインタビューして問題点を洗い出す。事情聴取だ。テラダ副本部長が呼び出されると、サービス開発本部の社員たちは、少しわくわくした。いったいどう説明するつもりなのかね?

 その頃から、テラダ氏は、徐々に、経営の重要な会議に呼ばれなくなってゆく…


 経営陣がテラダ氏に言った皮肉→ 君は、とにかく現場のことに注力しなさい。データ通信ARPUを飛躍的に向上させること。こっちの会議に出ていると忙しくて現場がおろそかになってしまうだろう?

 データ通信ARPUの向上。それは目先の話として、モバイルコンテンツの利用率を上げることだ。しかし、サブ(2台目)端末のユーザーが多いウィルコム。普通のユーザーなら、1台目のドコモ、auソフトバンク端末のコンテンツを利用する。そっちの方がコンテンツの質もいい。

 経営陣の本音→ 大した金をかけることなく、ダメモトで、うまくいけばしめたもの。期待はしてないが、他にやることがないなら(金をドブに捨ててばかりいるなら)、おとなしくそれでもやってろ。……いわゆる、そういう仕事であった。

 テラダ氏は、こういうときのために用意しておいた、サンドバッグ部下のツミオ担当部長を怒鳴りつけた。お前は今まで何やってたんだ! データ通信ARPU向上の案を早急に出せ!!


 今まで何やってたって… あんたの言うとおりにやってただけだろ… ツミオ氏は内心つぶやいたが、表には出さなかった。自分はこういう役回り。それで40才にして早くも担当部長になれたのだ。

 しかし… ウィルコムのモバイルコンテンツで、使える金もなく、他キャリアからユーザーを取って来る案なんて、まともな方針とは思えない。手足を縛られ、荒波で泳げといわれたようなもの。ユーザーが何の目的でウィルコム端末を持ってるのか、分かってるにも関わらず… また適当に作って出すか…


 ウィルコム同士24時間通話無料サービスの成功で、ウィルコム端末は音声通話用として契約されることが多かった。1台目は、便利で格好よくコンテンツの質も高い他社携帯を使い、特定の相手との音声通話用として2台目をウィルコムにする。

 したがって、ウィルコム端末のデータ通信ARPUが低いのは、ユーザーのニーズに沿った当然の帰結だった。経営陣は他社との数値比べだけして、低いから上げられると考える。それに対し現場リーダーは何も指摘しない。ツミオ氏は、課題の矛盾、困難さから目をそらせた。考えるな。考えちゃいけない。


 行き当たりばったりの、やっつけ仕事。本当は会社の重要な問題を含んでいるが、いつもどおり適当にやって、本気だと自分に思い込ませ、ろくなものができず怒られ、うやむやになる。全社的なコスト削減もいよいよ始まったが…
 
 ツミオ氏は最近ふと思うのだ。思うだけだが。


 こんなんで、いいのだろうか…?



 大株主が変わったとき、ツミオ氏はKDDIへ帰る道もあった。ウィルコムに残ったことで、出世した。KDDIへ帰った同期は冷飯を食わされ、管理職にもなっていない。自分は正しい選択をした。ツミオ氏は、思う。やっぱりこれで良かったんだ。俺は、間違っていない。そう、自分に言い聞かせた。


 おりしも秋は深まり、冬の… ウィルコムにとって、長い冬の始まる足音が… ドスーーーン… ドスーーーン… と。


(2010年4月16日〜19日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その17

不毛地帯


 ハニービーの好調な売れ行きを受け、秋にハニービー2が発売された。
 ハニービーは、競合他社の製品やサービスのことはともかく、あくまでウィルコムのことだけを見れば、大成功と言えた。
 ウィルコム、やればできるじゃん! こういうのを待っていたんだよ!


 ハニービーは、この不毛地帯の社内で、いったい誰の、どんな仕事のやり方で、成果を挙げたのか? 残念ながら、ハニービーの成功で、出世した者は、いなかった。

 サービス開発本部内で、ハニービーはB&P部のイシヤマ部長の管轄だった。そのイシヤマ氏を、テラダ副本部長は評価しなかった。あれ、京セラの企画でしょ? 京セラの提案をそのまま受けただけでしょ?

 ハニービー1つが今更ちょっと成功したからって、何の問題解決にもならない。そんな風潮さえ、あった。ハニービーは企画端末。あくまでも傍流… 主役はスマートフォンだ。

 だが、会社の雲行きが怪しくなってきた… 次世代PHSとデュアルじゃなくても、現行PHSだけのスマートフォンさえ作れなくなるなんてことは、まさかないと思うが…


 株式上場が頓挫し、各方面との出資交渉もまとまらず。次世代PHSはバキンゼMtgが停滞のどん詰まりで何も決まらず、エリア展開計画も見直さざるを得ず、現行PHSも業績を上げられないのだから、誰がそんな会社に出資するだろうか。
 大株主のカーライルは、業を煮やしていた。


 1つだけ、出資には至らなかったが、ウィルコムがドコモのMVNOになって3Gのデータ通信サービスを行う話が、ひっそりとまとまりつつあった。社内でも極秘扱い。実現したときの業務運用方法を、誰かが早めに準備しなければならない。テラダ氏は、次推室でひまそうなサイジ氏に、その仕事を任せた。


 ウィルコムがドコモのMVNOになる。3Gをやる…
 テラダ副本部長とシモム室長から話を聞いたとき、サイジ氏は耳を疑った。
 社内にはPHS至上主義の裏返しで長らく3Gを敵視する風潮さえあったのに… まさか3Gをやることになるとは…


 3Gの件は厳秘ということで、次推室ではシモム氏サイジ氏のほか、サイジ氏をサポートするタヌダ氏、取締役会議用の書類作成等をするサロ氏とそのサポートのココムラ氏に限られた。サービス開発本部内の他部署へは、部長レベルで留められた。



■ 俺のせいじゃない!


 …広告マンの仕事は、クライアントとクライアントの顧客に夢を見させること
 電王堂のタナカ氏はクライアントのキクガワ社長と手を取り合い、深い夢の中にいた。
 それは天下り先創造のユートピア、「ブワウク」こと、BWAユビキタスカメラネットワーク研究会。


 ドコモMVNOの件のように厳秘扱いではなかったけれど、こちらはこちらで、何やら怪しく、ひっそりと動いていた。

 社長室の近く、次推室の一角に設けられた、ブワウクのスペース。
 電王堂のタナカ氏は、コンサルのクロマロ氏と事務局長のアサバラ氏に、ヤクザな夢を語っていた。
 新入社員のタケミ氏は、体調不良という名目で休みがちになっていた。


 タケミ氏は、やや内向的な性分もあったのだろう。最初のうちは同期のツヅキ氏のところへ、まるでアサバラ氏から逃げ出すかのようにやって来ては、深呼吸して、気分を紛らわせていたのだが、やがて、次第にそれもなくなり、自席で一日中、誰とも口をきかなくなっていた。


 ときおり、見かねて、サロ氏が話しかけた。
 が、話がすぐ萎む。素朴だったタケミ氏は、わずかな間に警戒心が強くなっていた。
 アサバラの野郎、とサロ氏は思った。
 そのアサバラ氏はタケミ氏のことを、ろくに返事をしない、仕事にならない、ちょっと変だよあの子は、と吹聴していた…


 自分のせいだと、アサバラ氏は薄々気づいていたのかもしれない。だからこそいっそう、口に出しては「俺のせいじゃない!」という意味の言葉になった。どうして、何が悪かったのか、彼には分からないままどうすることもできず、何日も休むタケミ氏を、本当の体調不良だとして、放っておくしかなかった。


「タケミさん、まずいですね」と、サロ氏はシモム室長に言った。
 気づいてないはずがない。しかしシモム氏は「体調不良って聞いているしなあ」と、そしらぬふりをした。話の内容をすり替えた「ブワウクは、ココムラもいるし回るだろ」
 サロ 「いや… そういうことじゃなく…」
 シモム 「………」



 ブワウクは、事業の内容よりも、とにかく、てっとり早く会社化する道筋を探し始めていた。


「会社を作る。研究会で集めた金をそこへ移す。その金で次世代PHS基地局を建てる。そのための会社を作る」……タナカ氏は、ブワウクを会社化する企みを話した。「素晴らしい!」アサバラ氏は言った。でも、そんなことできるの? ブワウクの資金は用途が限定されているし、ウィルコムの金じゃない

 産学連携研究会であるブワウクの資金は、防犯カメラやセンサネットワークによる安心安全社会実現のため、複数企業から集めたものだ。次世代PHS基地局設置費用にあてようものなら、ウィルコムという一企業への、不当な利益供与となるおそれがあった

 クロマロ氏は、黙って聞いていた。雇われの身なので、内心どう思おうと「できない」とは言わない。どんな妄想話でも、仕事として依頼されれば、それを理由にコンサル契約料を上乗せすることができる。

「そこはまあ、そのあたりの微妙なさじ加減は、クロマロ大先生のお力で!」とタナカ氏が言うと、クロマロ氏は「検討しましょう」と頷いた。アサバラ氏が思いつきの冗談を口にした。
「なんだかさあ、マネーロンダリングみたいだね」
 2人は、笑わなかった… それをいっちゃあ…

【用語解説】 「マネーロンダリング」……不正取引で得た資金や企業の隠し資金を、金融機関との取引や口座間を移動させることによって資金の出所や流れを分からなくすること。資金洗浄

■ ギブ・ミー・マネー!!(100億円)


 権威ある大学の教授や有名ITジャーナリスト等の有識者を役員メンバに連ねたブワウクは、ウィルコムに都合いいプライバシールール作りで有識者のお墨付きをもらおうとしてつまづき、初期段階から計画の変更を余儀なくされていた。

 また、全社的なコスト削減により、ウィルコムがブワウクにあてた予算も大幅カットされた。アサバラ氏らは、ブワウクの存在意義を高めるため、ブワウクの中に部会を作り、組織を大きく見せようとした。1つは「カメラ部会」。1つは「センサ部会」。1つは「電子ペーパー部会」。

 またもや、ハコだけ作って中身なし、でもカネをくれ、作戦である。


 電子ペーパー
 アマゾンのキンドル端末のディスプレイに使われ、表舞台に出てきた。

 紙資源に代わる、次世代の、未来の、新しいかたちの紙。次世代? 未来? はて、どこかで聞いたようなフレーズ…

 液晶より省電力(省電力…)、目にやさしい(人体にやさしい…)、エコロジカル。(電子ペーパーは…ディスプレイ版PHS?)

 キクガワ社長が出資交渉をしていたNTTGの経営戦略資料の中に、「電子ペーパー」という言葉があった。

 やがて普及するはずの、電子ペーパー端末へ、情報配信するためのプラットフォームビジネスを牛耳りたい。というNTTGの(中の1社の)野望。でも、何をどうすればいいのやら。

 NTTGは自分たちでちょっと動いてみた。でもうまくいかない。そうだ! ウィルコムにやらせてみよう。


 幻の人参(出資)を目の前にぶら下げられたキクガワ氏は、電王堂タナカ氏に相談。電王堂も、新しい広告メディアを開発したい。それで、タナカ氏も関わるブワウクの案件になった。電子ペーパーは金の卵。
 NTTGから100億もらえるビジネスモデルを作るのだ!


 100億…!! 


 金額が大きければ大きいほど、アサバラ氏の足は地を離れて酔いしれた。話が大きいほど、偉くなったような気がした。



(俺は、100億のビジネスを手掛ける男)  ブワワーン…


(2010年4月15日〜16日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その16

リーマンショックで??


 社長のメッセージが、社内のホームページに掲載された。


 当社を取り巻く事業環境が変化してきています… 
 リーマン・ブラザーズの経営破綻を皮切りに起きた100年に1度といわれる歴史的な金融危機の影響が、実体経済へも大きな影響を与えてきています…

 この未曽有の危機を乗り越えるため、超優良企業でさえ、大幅なコスト抑制に取り組み始めていることは、みなさんも耳にされていると思います…
 景気悪化に敏感な電子部品産業においても、大幅な減産・人員削減が行われ始めたところをみると、この不況は最低でも数年は続くと考えざるを得ません…

 移動体通信市場においても、新規販売数の急激な減少や、競争激化に伴うARPUの下落が続いており… 当社に関していえば… 一転して今期は加入者が伸び悩み、売り上げは減少となる見込みです…

 現状を冷静に分析して、将来を見据えたときに、いま自分たちの判断で大幅なコストの削減に取り組む必要があると考えました… 徹底した合理化・効率化を図り、売上に見合ったコスト水準を実現することにより、力強い利益を生む会社に変えていく…



 メッセージは、あたかもリーマンショックが主な原因でウィルコムの売上は今後も減り続けるため、厳しいコスト削減が必要であるかのように、書かれていた。



 でも、ほとんどの社員は、信じなかった。だって他の携帯電話事業者は平気そう。海外展開してるわけでもなし。さほど影響ないでしょ。

 でも、会社の財布がヤバイということは、信じた。噂がいよいよ実体化した感じ。ただ、どれくらいヤバイのかは、不明だった。
 コスト削減ありきの理由づけに、「ヤバイ」が大袈裟に利用されている気もした。



 リーマンショックのせいで? ウィルコムは… ああ…

 現行PHSと次世代PHSのデュアル・スマートフォンを作る資金の見込みがなくなった… そればかりか… ああ… 
 次世代PHS事業のための業務システムを構築する資金も、目途がつかなくなった… (…と、いうことになった)

 かくして、サイジ氏とタヌダ氏の労力と膨大な資料は、白紙同然の塩漬けになったのである。
 2人は、突然、ひまになった。俺たち、何のためにここ(次推室)へ来たんだろ…


はああああああああああああーーーーーーーーーーー。。。。。。。。 


 ウィルコムは、真面目な社員たちのタメ息が充満して倒産したと、ありやなしや。



 リーマンブラザーズの破綻が世間を賑わす中、電気通信機器メーカーのロキア社が一通のプレスリリースを出した。

【会社説明】 ロキア社……世界的な電気通信機器メーカー。携帯電話端末では世界最大のシェアを持つ。

 ロキア社は、法人向けのデータ同期サービスから撤退するという。ロキアの子会社が行うデータ同期サービスは、ウィルコムスマートフォンに採用されていた。
 そのニュースをキクガワ社長は新聞で知ったが、うちに影響あれば誰かが報告に来るだろうと、日常の多忙に埋もれた…



■ 組織変更


 食欲の秋。読書の秋。組織変更の秋。サービス開発本部は、スマートフォン企画チームが「データ通信企画室」と名前が変わり、「CRM部」と「プロダクト開発部」が新たに加わった。また、「コンテンツ担当」が営業系部門から移され、サービス開発本部内のサービス計画部の中に入った。

 サービス開発本部内セクションのまとめ → 「サービス計画部」「B&P部」「次推室」「データ通信企画室」「CRM部」「プロダクト開発部」

 サービス計画部……「コンテンツ担当」「アプリケーション担当」を含む。データ通信ARPU向上の施策企画・分析も行う。「コンテンツ担当」はモバイルコンテンツ開拓、「アプリケーション担当」はモバイルアプリ、サービスの企画等がミッション。

「B&P部」「次推室」……とくに変更なし。「データ通信企画室」……スマートフォン企画チームの名称が変わっただけ。

CRM部」……カスタマ・リレーションシップ・マネジメント。顧客志向のさまざまマーケティング分析・施策提案がミッション。

「プロダクト開発部」……端末やデータ通信機器等の製品化プロセスを管理、バグの検証等がミッション。

 これで、端末・アプリ・サービスの開発、ブランディング、およびデータ通信ARPU向上のための利用状況分析、メールマーケティング、コンテンツ施策等が、サービス開発本部にて一手にできることになった。


 サービス開発本部が、横の連動に欠けたツギハギ組織であることは、今更いうまでもないが、形ばかりの権力に、テラダ副本部長の虚栄心はくすぐられた。責任の重さを回避する措置もぬかりなく行われた。

 03とD4端末で大失敗をやらかしたスミジ氏を、データ通信企画室の室長にした。また、アプリケーション担当のGL(課長級)だったツミオ氏を、サービス計画部の担当部長に昇進させた。例の「キャプテン」と同じ、肩書き作戦である。

 テラダ氏は、上から何か言われたとき、責任を押しつけて怒鳴り散らせるサンドバッグの部下を、そうして準備した。ウィルコムの上級管理職は、こういう手配には頭が早く回るのであった。

 同じタイミングで、電子新聞関連のリサーチを進めていたマシタ氏が、次推室からサービス計画部へ異動した。後に「どこでもWi-Fi」となるモバイルルータの企画を進めていたゴリセ氏が、B&P部からデータ通信企画室へ異動した。



■ 「どこでもWi-Fi」事件


 2008年10月、幕張メッセで開催された東京ゲームショウに、「どこでもWi-Fi」は展示された。
 近日中の発売かと思いきや、なんと数カ月先の2009年春頃
 その間どうするの? 戦略なき目立ちたがり屋ウィルコムのPRを、競合他社は喜んで利用した

 業界の新勢力、暴れん坊のイーモバイルが、斬新な料金プラン、便利な端末、ネットブックとのセット販売施策などにより、ウィルコムのユーザーを激しく奪っていた。


 10月下旬から12月にかけて、イーモバイル端末に対応した3種類のモバイルルータがいち早く発売された。
 メディアは、数カ月後に発売される予定の「どこでもWi-Fi」と比較して報道した。
 社内ではすでにわかっていたことだったが、「どこでもWi-Fi」より、低価格で販売されていた…

 3種類のモバイルルータのうちの1つは、イーモバイル端末とセット販売で、ひと月に2500台ものペースで売れていった。契約縛りがあるので、簡単に買換えはされない。どこでもWi-Fi」の見込み客を、イーモバイルに先に吸い取られていくようだった。


 はーーー…… またもや憂鬱な呟きだが、もともと「どこでもWi-Fi」は、次世代PHS無線LANの変換機というコンセプトだったが、「次世代PHSを視野に入れて」まずは現行PHSでテストマーケティングしよう、ということになった。

 テストマーケティング! ウィルコムの得意技。テストマーケティングに始まりテストマーケティングで終わる。
 会社自体も、テストマーケティングだったか?


 3G全盛なのに、今さら速度貧弱のPHSで、本当にやるの? といった社内の意見も、「次世代PHSに繋がる試み」「テストマーケティング」というキーワードで実施決定されてしまう。
 のは、なぜ?? おしーえてーおじいーさんー おしーえてーおじいーさんー


【news】アニメ「アルプスの少女ハイジ」の原作で、スイスの童話作家ヨハンナ・スピリが書いた「ハイジ」(1880年)が、出版された年の約50年前に書かれた別の作品に酷似しているとドイツの研究者が指摘しました。http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp1-20100413-617567.html


 それに、遅くとも2008年内の発売予定だったので、秋の東京ゲームショウでPRするのがタイミング良しというストーリーだった。2009年春への発売延期は早めにわかっていたが、ゲームショウへの出展だけはそのまま行われた。

 出展やめたら? 発売延期だし。経営陣が出席するAM会議でも議題になった。しかし、企画担当者のゴリセ氏が、来年春まで大きな展示会がないなんて理由で、出展を強調し、通ってしまった。
 のは、なぜ? お・し・え・てー! 
 あ、そうか、デキレース会議だったっけ。

 いくらデキレース会議だからといって、発売日まで半年近くもある端末の事前PRが簡単に承認されてしまうのは、それがどのようなリスクを発生させ、競合他社につけいる隙を与えるかの危機意識が、社内に皆無だったためだ。

 だって他社動向を調べようとする姿勢すら、ないんだもん。そのことを指摘されると、ゴリセ氏は「イーモバの動向は把握してた」と強がった。ではなぜ? と問われると、「詳しくは知らなかった。それに『どこでもWi-Fi』は他のモバイルルータとは商品価値が違うから」


 商品価値が違うから、他社を気にする必要ない。他社製品がいくら売れても、商品価値が違うから、こっちを出せば売れる。という論理。では、「どこでもWi-Fi」にどのような魅力、特別な商品価値があるのか? 
 それはまた後ほどつぶやきたい… けど、その前に一つだけ。



 なんだあのゴツゴツした、デカい端末は? これを持ち歩けと? モバイル(持ち歩き)に邪魔なモバイル端末。
 
 毎度のことだ。
 もはや社員たちはポーカーフェイス。
 ゴリセ氏はできたばかりの端末を見せ回った。「どう?」
 社員たち 「んーー、白い、ねえ…」 (これを見て、何を言えと?)


 カラフルなハニービーが、蜂の背中に社運を背負うかの如く、売れ行きを伸ばしていた。



【豆つぶ】
 イーモバイルは、「どこでもWi-Fi」の開発動向を、事前にどの程度つかんでいただろう?

 早い時期に把握し、「どこでもWi-Fi」の当初の発売時期(2008年10〜12月)にぶつけるため、競合製品の開発を水面下で進めていただろうか。あるいは、東京ゲームショウの出展を知り、超スピードで動いただろうか。

 イーモバイルのモバイルルータが、海外製品の輸入品だということにヒントがあるかもしれない。既製品を持って来て、イーモバイルのデータ端末を繋げたら動いた。ちょうどいい。セット販売しよう。すばやい経営判断と対応。それなら時間はかからない。

 世界的に採用された3G技術の特権。悲しいかな、海外に対応製品のないPHSはそういうことができない。一から作らなければならない。やたらと遅くなる。ここでもナローバンド。なのに製品コンセプトの発表だけはやたらと早く、命を縮めるのだ
【豆つぶ終り】



タマなし 早撃ち 蜂まかせ


(2010年4月12日〜14日分まで掲載)

予告された倒産の記録 その15

■ 宙づり放置プレイ


 ウィルコムの前身会社であるDDIポケットは90年代半ばに新卒採用を始めた。
 サイジ氏は新卒入社1期生。サイジ氏より入社年次の早いシモム室長も新卒入社組だが、DDIポケットが分社する前のDDIへ入り、そこから移ってきた。

 サイジ氏は、周囲から将来の幹部候補と見られていた。親戚筋にウィルコムの上級管理職がおり、その上級管理職も役員に出世していたためである。

 縁故は諸刃の剣。身の処し方を誤れば、ネタミソネミヒガミヤッカミの渦に巻き込まれ、陰で無能の烙印を押されてしまう。
 しかし、サイジ氏はそうならなかった。

 なぜか? サイジ氏は安定した事務仕事スキルを持ち、でしゃばらず、酒のつきあいよく、下ネタ好き☆

 しかしそれ以上に、仕事の進め方において情報共有」と「フェアネス」の姿勢があった。


 次推室へ異動したサイジ氏は、次世代PHSの業務フローに関する社内整備の担当となった。彼は早速、関連部署の中堅社員に声をかけた。
 大会議室に、人がわんさかと集まった。 

 それまで次世代PHSの進捗は、本社内でさえ、情報伝達のどん詰まり状態。いくらナローバンドのPHS会社だからといって、社内の情報伝達速度までPHS並みにしなくてもいいだろうに。

 過度の情報不足は疑心暗鬼を生む。隠してんじゃないか? 実際、隠していた。なぜなら、まだ何も決まってないから。ドタバタを社内に晒したくない。というシモム室長の見栄。しかし隠すかぎり、やはり何も決まらない状態がつづく。

 キクガワ社長が怒った。シモム氏は、事務系部署に顔のきく人材が次推室にいない、と言った。確かにそのとおりだが、もっと早く言うべきだった。事業立上げの推進室長なのに、言われるまで何もしない。それでとにかく、サイジ氏が呼ばれた。

 次世代PHS? どっかで勝手にやってるんでしょ、わたしゃ知らんよ、という風潮が事務系部署にできつつある一方、会社の将来を担う事業に、皆、関心ないわけがなかった。そこをむやみに放置すると、いざというときの社内調整に重大な悪影響を及ぼす。

 人がわんさか集まった大会議室で、サイジ氏は次世代PHSの進捗を正直に話した。業務フローを作るにあたり、必須の前提の何が決まってないか示した。あまりの停滞ぶりに誰もが呆れ返ったが、会議が終了する頃には、皆で協力してこれから動き出すのだ、という雰囲気になった

 次推室の新メンバの1人で、サイジ氏の技術サポート役になったタヌダ氏(システム部出身)は、噂に聞いたサイジ氏の仕事ぶりを目の当りにした。おそらくうまくいっている他社では当然の情報共有だし、会議の様子だろう。けれどウィルコムでは珍しい。出席者らの協力的な雰囲気に感じるものさえあった。


 中堅若手社員は、本当は、もっと違ったふうに仕事をしたいと思っている。給与査定と人事権の恐怖さえなければ、もっと上司に進言し、まっとうな仕事の進め方をしたい。
 そうした渇望の穴を、現実には、サラリーマンの無力感でしかたなく埋めてしまっている。


 例外なくサイジ氏も、そのしがらみの中にいるはずだ。しかし、とタヌダ氏は思った。サイジさんには少し違う一面がある。そう思いたい。
 タヌダ氏もまた、次世代PHS事業に密かな期待を寄せ、社風に翻弄されず、まっとうな成果を出したいと思っていた。


 現行PHSの音声と次世代PHSのデータ通信を合わせた、デュアル端末のスマートフォン
 契約の扱い、申込みから社内運用をどうするか。前例がないし、へたにやれば複雑化して混乱するのは目に見えた。
 業務フロー構築の最大の課題であり、かつ最初に手をつけなければならない。


 デュアル・スマートフォンはいつ出るんです? サイジ氏はシモム室長へ尋ねた。
「次世代PHSの本格サービス開始から、半年後の2010年春」
 シモム氏はつけ加えた「…と、いうことになってる
 サイジ 「はあ」
 シモム 「まあ、業務フローは決めて損はないからやっておいてくれ」


 2010年春ということは、約1年半後。余裕あるようだが、ウィルコムは何につけ時間を浪費しがちだ。余裕なしと考えて、サイジ氏とタヌダ氏は毎日のように終電近くまでMtgの資料作りに没頭した。


 次世代PHSSIMカードを採用した。他キャリアでは3Gの規格のためメジャーだが、ウィルコムではSIMカードを見たことない技術者も少なくなかった。

 にわかには信じ難いことだったが、ある技術系Mtgでは「SIM」という言葉で、「W-SIM」と同程度の大きさのカードを皆が思い浮かべたため話がこんがらかった。それで「SIMカード」でなく「SIMチップ」と言ったり、「USIM」と呼んで、W-SIMと区別した。コレ、笑い話。

 業務フロー構築の仕事だったが、サイジ氏とタヌダ氏が直面したのは、そんな世間ズレした社内状況だった。が、自分の認識も似たもの。まるで戦後の焼け野原に立たされたような気分だった。

 デュアル・スマートフォンには、現行PHS用のW-SIMと、次世代PHS用のUSIMの両方を差し込む。専用の料金設定をするので、それらを別々の端末で使われると困る。それらが一つの端末で一緒に使われていることをどのように認識し、どのように契約者情報と結びつけるか?

 デュアル端末の契約は1つにするか、それとも現行と次世代を別々に2つとしてカウントするか。申込書のフォーマットは? 物流の仕組み、番号払い出しの方法は? システム上の管理方法は?

 何も決まってないため、あらゆるケースを想定して案を資料化する。膨大な労力と時間を要した。いくらやっても終りなき細かい作業。次第に、事務系Mtgの出席者たちも、似たような絵柄の資料の山にうんざり、「もういい。そっちで決めてくれればそのとおりやるよ!」と言いだした。

 サイジ氏はシモム室長へ現状を伝えた。Mtgを踏まえた推薦案も出した。すると、スマートフォン絡みなので、テラダ副本部長へ話すよう指示された。テラダ氏へ同様の話をした。
 が、何も決まらず、 宙づり。


 他のあらゆる業務フロー構築についても、そんな調子だった。何も決まらない、決められない。たとえ上司が決めなくても、ボトムアップで効果的なことはできないかと、サイジ氏は考えた。これまでも色々試した。今回に限らず、長年の悩みだが、答えは未だ見つかっていない…


 業務運用・CS分野一筋だったサイジ氏は、慣れない環境に振り回されていた。
 シモム室長は、サイジ氏に、次世代PHSのPR方法も検討するよう指示した。ウミナガ氏の担当だったが、着実な仕事が苦手なウミナガ氏を、それとなくサイジ氏に監督させるためだ。 

 さらに、次世代PHSを活用したサービス作りも検討するよう指示した。電子新聞の件でテラダ氏から直接指示を受けたマシタ氏をそれとなく監督させるためだ。
 シモム氏は、面倒なこと、後で責任云々を言われそうなことは、何でもかんでもサイジ氏に指示した。

 経営陣や上級管理職から「あの件はどうした?」と訊かれたときに、「サイジに指示してあります」と言えば、「そうか…」となることがよくあったからだ。www



 次世代PHSのPR方法。ブランディング戦略… 

 サイジ氏は、業務フロー構築の仕事で手一杯なので、他の件は放っておこうと思った。メインの担当者が別にいるし、シモム氏の態度をみればどういう類の指示なのかくらい、見分けがついた。

 次世代PHSのPRは、5月にサービスブランドネーム「WILLCOM CORE」を公式発表して以来、放置されていた。

 PR戦略がないのに、ブランドネームの発表時期が早すぎると言ってバキンゼMtgを外されたマシタ氏は、次世代PHSのPR・ブランディング戦略を作ろうと、ウミナガ氏へ持ちかけた。

 その動きを知ったとき、サイジ氏は良いことだと思った。ブランディングの主幹であるB&P部のイシヤマ部長や担当者とのMtgを設けた。Mtgでマシタ氏とウミナガ氏は、電王堂におんぶにだっこの現状を見直し、多様なメディアを効果的に使った手法を検討してもいいのではないか、と話した。

 テレビや紙媒体メディアの広告費は、効果が曖昧ながら高額だ。費用対効果の検証をB&P部の担当者は「電王堂」の看板でごまかしてきた。楽だからだ。キクガワ社長と懇意の電王堂タナカ氏の存在もある。ウィルコムにずっと親身になってくれるタナカ氏を裏切るなんてできない。



 人や情を大切にする。
 創業者の理念、稲盛フィロソフィの信条だが、ウィルコムではしばしば誤解されていた。

 やるべきことをやらず、高額なコスト垂れ流しを正当化するための方便に使われた。
 そうした風潮は、結局のところ尊い人情を小馬鹿にし、価値を下げる行為に等しかった。



 B&P部のイシヤマ氏曰く、次世代PHSブランディング戦略も(時期は未定だが)これからB&P部が電王堂と作っていく予定。具体化のときは次推室の人もMtgに入ってもらいたい… 
 しかし、実現しなかった。秋に、全社的なコスト削減方針が出され、高額な広告費はまっ先にカットされたのである。



 2008年9月、海の向こうで、世界的な金融危機を招いた、リーマンショックが勃発。



 キクガワ社長は、それまで隠してきた財務状況の一部を、社内にディスクローズした。
 全社的なコスト削減施策を打ち出す、絶好の機会だった。


(2010年4月10日〜12日分まで掲載)